第142話 坂の途中【2】
文字数 1,206文字
どこだったか忘れたが、僕は世田谷区の古物商から、ガスマスクを入れて携帯する袋を手に入れた。
そのガスマスクの袋は、鉛のような金属のプロテクタが中に入っていた。
僕はガスマスクの袋のヒモをいじって、リュックのように、背負えるようにした。
その中にミヤダイが雑誌連載で書いた社会学の概論の写しと文房具と、雑記帳を入れて、毎週、南大沢のキャンパスまで聴講をするために通うことにするのだった。
かなり前の方の席を陣取って、僕はミヤダイの講義を受けた。
三十分遅れて入ってきたミヤダイは、クラスを見渡した。
大盛況である。
ミヤダイは窓ガラスを見て、ため息を吐いた。
なにも言葉を発さず、ミヤダイはクラス前方の窓ガラスを開けた。
締め切っていたクラスに入ってくる風が、気持ちよかった。
ミヤダイは、しばらく外の景色を、遠い目で見ていた。
それから教壇に上がり、授業を開始した。
ミヤダイは黒いTシャツで、正面から見て右下に〈愛〉と大きくプリントされたものを着ていた。
宮台真司が講義をしている姿は、バンド〈ドアーズ〉のジム・モリソンの生き写しか、と思われるほどの、無駄のない動きをしていた。
かゆくなった鼻を掻く動作すら、自然でいてパフォーマンスでもあるかのようなモーションをしていたのであった。
西洋における宗教の四象限、そして社会の構造の3つの分類などを、最初から話し出す。
高度な講義だった。
講義を受けているのは高学歴エリートばかりなので、ノートを取るのが速い。
でも僕は、この説明は、図に書いた方が速いしわかりやすいのじゃないかな、と思った。
なので、図を書いていたら、ミヤダイは僕のノートを覗き、それから黒板に図を書いて説明もし出した。
グン、とわかりやすくなった。
講義が終わると、生徒たちがミヤダイのところに殺到する。
僕は机に座って生徒が途絶えるのを待った。
説明を願う生徒たちが捌けたあと、ミヤダイは窓の方へ行き、自然を眺めていた。
僕は、そこに声をかけた。
これが、ファーストコンタクトだった。
初めて話しかけるので緊張していた僕は、そのとき、どう話していいか、わからなかった。
が、ミヤダイはこんな僕にも、丁寧にいろいろ教えてくれた。
僕がミヤダイを「先生」と呼ぶのを、講義を受けていた女子集団がくすくすと笑っていた。
どういうことか、と思っていると、
「全く。アレがどう見える? 先生? ミヤダイはミヤダイでしょ! ミ・ヤ・ダ・イ!」
と、諭してくれた。
まあ、この女子集団が言いたいことはよくわかる。
今では宮台真司と言えば大先生であるが、あの頃は、確かに〈ミヤダイ〉って感じだったし、現在、SNSなどで宮台真司をナチュラルに「先生」と呼んで信者みたくなっているひとが多いのには、驚きすらある。
と、いうことで、ジム・モリソンである宮台真司の講義を、僕は受け続けることになった。
〈次回へつづく〉
そのガスマスクの袋は、鉛のような金属のプロテクタが中に入っていた。
僕はガスマスクの袋のヒモをいじって、リュックのように、背負えるようにした。
その中にミヤダイが雑誌連載で書いた社会学の概論の写しと文房具と、雑記帳を入れて、毎週、南大沢のキャンパスまで聴講をするために通うことにするのだった。
かなり前の方の席を陣取って、僕はミヤダイの講義を受けた。
三十分遅れて入ってきたミヤダイは、クラスを見渡した。
大盛況である。
ミヤダイは窓ガラスを見て、ため息を吐いた。
なにも言葉を発さず、ミヤダイはクラス前方の窓ガラスを開けた。
締め切っていたクラスに入ってくる風が、気持ちよかった。
ミヤダイは、しばらく外の景色を、遠い目で見ていた。
それから教壇に上がり、授業を開始した。
ミヤダイは黒いTシャツで、正面から見て右下に〈愛〉と大きくプリントされたものを着ていた。
宮台真司が講義をしている姿は、バンド〈ドアーズ〉のジム・モリソンの生き写しか、と思われるほどの、無駄のない動きをしていた。
かゆくなった鼻を掻く動作すら、自然でいてパフォーマンスでもあるかのようなモーションをしていたのであった。
西洋における宗教の四象限、そして社会の構造の3つの分類などを、最初から話し出す。
高度な講義だった。
講義を受けているのは高学歴エリートばかりなので、ノートを取るのが速い。
でも僕は、この説明は、図に書いた方が速いしわかりやすいのじゃないかな、と思った。
なので、図を書いていたら、ミヤダイは僕のノートを覗き、それから黒板に図を書いて説明もし出した。
グン、とわかりやすくなった。
講義が終わると、生徒たちがミヤダイのところに殺到する。
僕は机に座って生徒が途絶えるのを待った。
説明を願う生徒たちが捌けたあと、ミヤダイは窓の方へ行き、自然を眺めていた。
僕は、そこに声をかけた。
これが、ファーストコンタクトだった。
初めて話しかけるので緊張していた僕は、そのとき、どう話していいか、わからなかった。
が、ミヤダイはこんな僕にも、丁寧にいろいろ教えてくれた。
僕がミヤダイを「先生」と呼ぶのを、講義を受けていた女子集団がくすくすと笑っていた。
どういうことか、と思っていると、
「全く。アレがどう見える? 先生? ミヤダイはミヤダイでしょ! ミ・ヤ・ダ・イ!」
と、諭してくれた。
まあ、この女子集団が言いたいことはよくわかる。
今では宮台真司と言えば大先生であるが、あの頃は、確かに〈ミヤダイ〉って感じだったし、現在、SNSなどで宮台真司をナチュラルに「先生」と呼んで信者みたくなっているひとが多いのには、驚きすらある。
と、いうことで、ジム・モリソンである宮台真司の講義を、僕は受け続けることになった。
〈次回へつづく〉