第62話 メビウス・アッシュ【3】

文字数 2,519文字

 いじめはよくない、しちゃダメだ。
 だが、喧嘩の売り方を知らない作家というのもおかしな話だ。
 喧嘩は強い奴に弱い者が売るものだ。
 強いとはどういう奴か。
 作家にとってはもちろん、〈通信省〉だ!
 日本にそんなものはない?
 あるだろう、少なくとも、あったのだ、いや、もしかしたら今も。
 そう、今日はその話。
 僕のファイティングポーズ、描いたら通常なら必ず死に至ると言われている、この話を、しよう。

 これが本当の喧嘩の売り方だ! と僕は思う。
 言葉を濁しつつ、さあ、行ってみよう、ビバノノ。







 十年以上前の話だ。
 僕は宮城県仙台市の仙台文学館で講義を受けていた。
 そこに当時、勤めていた女性がいた。
 その娘が、
「るるせさん、プロ作家さんのとっておきの話とか、知ってるんじゃないですか。知っていたら教えてくださいよ」
 と、僕に言う。
 ふむむ、と僕は唸ってから、エピソードをいくつか話す。
 その子は、それを熱心に聞いてくれた。
 なので、都市伝説となっているが本当にある、そんなエピソードを、僕は彼女に言った。
「とある作家さんが、ね。ある人からこう言われたそうだ。『君を抱かせてくれたら売れるようにしてやろう』って、ね」
 彼女は首をかしげて、こう返す。
「え? その作家さんは男の方ですよね? で、言った方も男性で?」
「そうだよ」
「え? でも、どういう関係性なのですか? 編集者さん? 出版社さん? テレビやマスコミの方ですか? 新聞社とか? でも、宣伝を売ってくれても、発行部数が増えるかもしれませんが、それはそのときの話で、売れる作家って、そういう要因だけじゃ売れる作家とはならないですよね」
「そうだね」
「じゃあ、どういう意味なのです?」
「メディアのひとじゃないよ」
「政治家ですか?」
「そういうことじゃないのだよね」
「はい? わからないです」
「そうだよね……」
 と、そこでその話は止めて、違うエピソードなどを僕は話してごまかした。
 そうだよなぁ、と思うのと、メディアの近くにいてわからないのかぁ、という思いが、半々だった。







 難しい話だ。
 僕は大学の講義で、社会の形態について学んだ。
 社会はその複雑性によって、システムがだんだん変化していく。

 最初は、〈環節的分化〉という形態を取る。
〈環節的分化〉とは、ワームのような環節動物的な在り方のシステムだ。
 社会が種族、村落、家族といった〈同等の部分システム〉となっている社会。

 次に、〈成層的分化〉と呼ばれる状態。
 僕に教えてくれた先生はハイラーキーと呼んでいた。
 いわゆるヒエラルキー社会だ。
 階層秩序、と言えばわかるだろうか。

 そして、成熟社会、つまり後期資本主義社会に至ると、〈機能的分化〉をした社会になる。
 システム全体に対する独自の機能関連によって区別される同等でない部分システムへ、社会が分化を遂げる。
 簡単に言うと、ジル・ドゥルーズが〈リゾーム〉と呼んだものに近いかもしれない、違うけどね、でも、イメージとしては。
 これは〈機能的〉に分化されて、ハイラーキーの階層と違い、同等ではないにせよ部分として個々の部分システムが並列されるのだ。


 現代の資本主義は、〈機能的分化〉をした社会だ。
 だから、わかりにくかったのかもしれない。
 クリエイターの、そしてメディアの世界は、フリーランスが普通だから勘違いされそうだが、ハイラーキーである。
 どういうことか。

 その子はほぼ、出版社と作家の二層構造に考えていたかもしれない。が、実は〈メディアの、その上〉の階層が存在する。
 それ故の、ハイラーキー。

 その、メディアハイラーキーの一番上が、〈電通〉であり、〈博報堂〉である。







 電通と博報堂は広告代理店の二大巨頭という意味で「電博」と総称されている。
「時代の空気」をつくっているものは、本当は広告代理店、特に業界ナンバーワンの電通である。
 スポンサーの名前で出てこないときも、「電博」は暗躍していた。
 流行の陰には、いつも電通がいたのだ。
 今は知らないけれども。
 流行をつくるのは電通であり、逆らったら芸能関係で這い上がることは不可能だ、とさえ言われていた。
 なにせ、「時代の空気を作っている」のだ。
 敵いやしない。







 僕が東京にいた頃、居候の仮歌のお姉さんが、
「ちょっと、るるせちゃん! さっきここに来ていたでしょ、電通のひとが! 絶対に逆らっちゃダメ! なにかをつくったりするひとが電通に逆らったら存在として死ぬからね! 絶対に粗相のないように、ね! お願いだから!」
 と、めちゃくちゃ僕に念押しをしていた。
 実は、僕の高校時代ってムック本が流行っていたのだけど、その中でも、タイトルはうろ覚えだが、〈日本の通信省・電通〉というようなタイトルと内容の本が売れていた。
 メディアの実効支配をしていたのは、電通や博報堂だった。
 逆らったら干されるし、上には登っていけないという不文律があった。
 オールドメディアはまだまだ力が強いので、「電博」も、まだまだ力が強い。
「おれとは関係ねーし」と言ったって、空気をつくっているのだ、逃げられない。
 生きている限り、関係ない人間はいない。
 クリエイターやその上の階層に位置するメディアのひとの、その上に存在するのが広告代理店であり、そのトップが電通なのである。


 要するに、最前の女の子に話したエピソードのその相手とは、流行という時代の空気を作るところにいる誰かであった、ということである。
 別に大手さんじゃなかったかもしれないが、その類いのひとであった、というオチの話なのだった。

 都市伝説っぽいでしょ?
 でも、そういう仕組みだったのだから、仕方がない。


 今回は、余計なことを書いて自分の首を絞めるエピソードであった。
 こんなこと書いて、僕は本当に大丈夫なのかな……。
 いや、これこそ、僕のファイティングポーズだッ!

 と、いうことにしておくれ、頼む。
 いらんこと書いてしまったな。
 僕は生きていけるのか?
 わからないが、どうしても書きたかったので書いた。
 喧嘩したいなら、このくらい強いところにファイティングポーズを見せろ!
 そう、思うのだ。





〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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