第100話 見る前に跳べ【2】

文字数 1,268文字

「日本から来た、グレイプバインでーす!」
 オーディエンスの歓声が上がる。
 ボーカルの田中さんは、言う。
「さっき肉まんくれたひと、ありがとう!」
 それから間を置いて、
「ニューシングルを聴いてください。『羽根』!」
 と、小さな小屋である〈レッドステージ〉で、MCを終えた。
 大きなステージで洋楽のミュージシャンがプレイしているなか、それを横目に、小屋のなかではグレイプバインのライブが始まる。


 フジロックフェスティバル。
 越後湯沢で行われる、その音楽イベントに、僕とカケはオーディエンスとして参加した。
 最高の祝祭空間だった。


 ステージは三つあり、その中でも200人くらいしかないキャパシティの小屋〈レッドステージ〉で、僕らはグレイプバインのライブを観た。
 僕らは暴れるように身体をくゆらせ、グレイプバインの演奏を観る。


 グレイプバインの渋い曲調が圧倒される音圧で唸る。
 僕らは一体感を得る。


 そんなこんなで午後十一時。
 メインステージ。
 ここから本日のトリである、ブランキージェットシティの登場である。
 ブランキーは、すでに解散ライブをワンマンで行っていた。
 だが、事実上のラストステージは、この2000年のフジロックフェスティバルでのプレイであった。
 タトゥーを身体に刻んで、音楽に身を捧げたスリーピースバンド。
 不良かと思えば、鋭い文学性を持ち、音楽性もほかのどのジャンルとも言えない、ワン&オンリーな楽曲をプレイする、それは最高のバンドだった。
 レッツパーティ!
 僕とカケは飛び跳ねながらブランキーのラストステージを観る。
 ボルテージは最大に上がり、オーディエンスは熱狂の渦となる。
 本日最大の祝祭が訪れた。

 野生のドラマーである中村さんと、煙草を吸いながらステージに上がる照井さん。
 そして、ベンジーこと浅井さんが愛器のグレッチに手をかけると、それだけで歓声が上がる。
 明るく生きる、それが総てだから。
 ラスト曲『Baby,Baby』まで、ブランキーは駆け抜けていく。
 僕とカケはいつの間にか離れ離れになって、どこにお互いがいるのだかわからなくなったが、連絡はあとですればいい。
 僕は渦のなかに飛び込む。
 赤いタンバリンを、みんなでかき鳴らす。
 ガソリンの揺れ方のように、鉄の固まりに自分の命を揺らしながら。
 いまここには〈ここしか存在しない〉。
 だから、思い出も香りも、なにもかも薄れろ!
 今いるここが今の総てなんだ。
 ラストステージを踏むブランキーは、これでもか、というくらい退廃的な美を、僕らの目の前で見せてくれた。
 特に、『デリンジャー』から続く後半の勢いは鳥肌が立つ。
 ウッドベースのなかを泳ぐギターソロ。
 ブロークンワードの歌詞。
 叩きつけるようなドラムセット。
 ラスト前の一曲『D.I.J.のピストル』は、キメの歌詞をみんなで叫ぶ。
 そして最後、ベンジーが、
 「音楽は、世界中でたぶん、大切なものだと思う」
 と言って、ラスト曲が始まった。

 僕は伝説のライブに立ち会った。
 伝説は、本当に伝説になった。




〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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