第115話 光について【3】

文字数 1,382文字

 僕が住んでいた高井戸は、環状八号線沿いに京王井の頭線の高井戸駅がある。
 駅のそばを川が流れていて、焼却場と温水プールのある方へ道路を渡り、川沿いに歩いていくと、少女漫画が好きなひとならば、漫画で観たことがある風景が広がっている。
 それは、当時雑誌に連載されていた『ハチミツとクローバー』という少女漫画のラストシーンで主人公が、ヒロインのはぐみちゃんに、ハチミツを塗った四つ葉のクローバー入りの食パンをもらった川沿いの道だ。
 と、いうのも、そこから徒歩5分で、『ハチミツとクローバー』の舞台になった浜田山に着くからだ。
 間違いない。
 高井戸と浜田山の中間の景色が、そのシーンのモデルだ。
 作中、浜田山のラーメン屋として『天下一品』が出てくるが、こっちのモデルは、八幡山の『天下一品』である。
 浜田山に天一はなかった。
 浜田山に一番近い天一が、八幡山の天一だ。
 僕の住んでいた上高井戸は、旧甲州街道の道沿いにあって、住んでいた部屋のある住宅地を甲州街道までまっすぐ突っ切ると、天下一品に着く。
 そこから道路を渡ると、京王線の八幡山に着く。
 住んでいる住宅地内も、真ん中から杉並区が終わり、世田谷区になる立地である。
 僕はよく、八幡山の駅前のバーガー屋で作詞したり読書したりしていた。
 環八に戻ると、ドンキホーテがあって、夜中によく冷やかしに行った。
 そこのドンキホーテは、ジャニーズの滝沢くんがよく立ち寄ることで有名だった。
 滝沢くんは、キャップを目深にかぶって買い物をしていたらしい。

 僕は上高井戸に住んでいたが、京王線の桜上水の隣の駅が、下高井戸である。
 当時、下高井戸には、楽器メーカーのKORGがあった。
 また、働き始める桜上水の本屋の姉妹店があったし、芥川賞を受賞した『夏の約束』という小説の作者が住んでいる町が、下高井戸であった。
 桜上水の反対側の隣には、上北沢という駅もある。
 下北沢があるように、上北沢があるのである。

 僕はバーガー屋で、また、部屋の中で、来る日も来る日も、ルーズリーフにシャープペンシルを泳がせて、詩作をひたすらしていた。
 作曲も、だ。

 書きはするけど、どうして良いのか、僕にはさっぱりだった。
 居候の仮歌のお姉さんは、お嬢様なので、中野にあるスポーツジムに通い、そして仕事をこなしていた。
 カケは、恵比寿にある演劇の学校に通い始め、人気も上々のようだった。
 焦りだけが募った。
 この葛藤の日々は、書いていても大したエピソードがあるわけでもない。
 僕は下北沢や渋谷に行って、本屋とレコード屋を漁ることしか、することがなかった。
 正直、書かないで飛ばした方が良いくらいだ。
 僕は居候とカケに、振り回されっぱなしだった。
 二人とも、僕には傲岸不遜な態度で、なによりナルシストだった。
 居候は、暴力を僕に振るっては、ぎゃーぎゃー騒いでいた。
 うんざりだった。

 僕はラーメン屋でバイトし、それから、本屋でバイトをすることになる。
 その後、業を煮やした僕は、バンド活動を開始することになるのだが。
 僕は、本来なら、ステージに立つべき人間じゃなかったのかもしれない。
 だけど、僕はステージに立って、スポットライトを浴びることをする。
 怒り、焦燥、嫉妬、憎しみ。
 そういった、負の感情を剥き出しにした、闇のバンドを始動させたのだ。



〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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