第32話 ミサイル畑でつかまえて【1】

文字数 1,271文字

 高校二年生のときの演劇部の県北大会は、惨敗だった。
 中学時代に殴られた一件がある、進学校の演劇部でキャーキャー言われている男に、散々笑われた。
 そいつが笑う、ということは、他の奴らも一緒になって笑う、ということである。
 僕は、そいつに勝ちたい、と思った。
 高校二年生の冬のことである。

 合宿で出会ったギブスを巻いていた女の子のピアノのクリスマス演奏会では、何故か僕がアコースティックギターで弾き語りをすることになってしまった。
 その子が『華麗なる大円舞曲』の速弾きをして、僕は余興としてエレファントカシマシを演奏した。
 演奏会なんていう場で弾き語りをしたのは生まれてはじめてだったので、とても緊張した。
 また、その数日後、茶道部の女の子の家にお邪魔することになった僕は、BL雑誌の代表格、『June』の創刊号という貴重なものを見せてもらった。
 創刊号の頃は、普通に写真のグラビアが載っている雑誌だったことを知る。
 うちの演劇部は助っ人たちも含め、みんな腐女子だったので、BLの文化に触れていたけど、その中でこの創刊号を読んだ奴は僕だけではなかろうか。


 軽薄にほいほい女の子についていってしまう僕だったが、僕がそういうことをしていたのと同時期に、部長がガッコウのクラスのみんなの仲間はずれになってしまう、という事件があった。
 部長はガッコウで孤立し、授業を受ける日々を送っていた。

 演劇部の部室は離れにあったから警報器が鳴ることもないので、みんな、7時か8時頃まで部室にいた。
 部室の隣に、旧体育館という場所があり、新体操部だけの建物になっていた。
 新体操部は全国大会常連の名門で、その関係から、やはり8時頃にもまだ帰らないで練習を毎日していた。
 だから、僕らが帰宅しないのを、咎めるのは、教師たちはやめておいたのだろう。
 真っ暗になって星がきらめく時間帯まで、僕らは部室にいた。


 友人たちから孤立した部長は、いつも泣きそうな顔をしていた。
 泣きそうな理由を部員たちは知ってか知らずか、明るく振る舞っていたそのなかで、僕は、女子部員が着替える部屋に、部長に呼ばれて、そこで事情を聞いた。
 部長は、僕を抱きしめて、顔を僕の胸に埋めて、
「しばらくこうさせていて」
 とだけ言って、声を僕の胸で殺すようにして、わんわん泣いた。
 目が腫れるほどに泣いた。
 僕は抱きしめ返さず、手をおろしたままで、抱きしめられたままにした。
 思えば、僕は抱きしめ返せばよかったのかもしれない。
 だが、そのときはもう、県北の演劇スターのあいつを倒すことで頭がいっぱいだった。

 自分の胸のなかで泣く部長に、僕は言った。

「ごめん、おれ、おまえのことを利用する。次の大会では〈あいつ〉に勝つから。だから、そのためにおれはおまえを利用する」

 部長はもっと強く僕を抱きしめて、僕の服に涙がしみこんでくるほど、その場で泣き続けた。
 僕は、自分は酷い奴だな、と思ったが、それしか言葉が浮かばなかった。

 そして、僕らは県北で一番のスタープレイヤーとの戦いに挑むことになる。





〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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