第136話 言葉こそが原初の炎であり【5】

文字数 930文字

 コーゲツが音信不通になると同時に、僕の〈ケータイ小説〉のサイトのアカウントは全削除されて跡形もなくなっていた。
 僕はどうして良いかわからず、ただただ混乱するばかりだった。

 その混乱の中、電話がかかってきた。
 相手は、僕のバンドをスカウトしたインディーズレコード会社社長だった。
「成瀬川さんですか。お会いしたいのですが。中野には行ったことがありますか」
「中野? いえ、ないです」
「中野駅前で待ち合わせしましょう」
「わかりました」
 電話で呼ばれて、僕は初めて中野に行くことになったのである。







 中野ブロードウェイや中野サンプラザが駅からすぐのところにある、サブカルの聖地のひとつ。
 それが中野だった。
 オタク、というよりは「これぞサブカルチャー!」と言わんばかりのお店が中野ブロードウェイにはひしめき合っていた。
 中野駅で待ち合わせた相手は、中野ブロードウェイ近くの喫茶店まで僕を連れていった。
 その喫茶店のある建物は平屋で長屋のようになっていて、喫茶店の横は風俗店だった。
 そういう立地条件だからか、会話するにはちょうど良い客の入りの喫茶店で、少し暗い店内が、僕には好印象だった。
 名刺を差し出されたので、僕はお辞儀をした。
 インディーズ会社の社長は、若かった。
 如何にもビジュアル系バンドをやっていそうな感じだった。
 今まで考えたこともなかったが、会社は文京区の音羽にある、ということを知った。
「あなたのバンドは、正直、なにをしても良い、と考えているのですよ。バンドの演奏の楽曲でなくとも、例えばメンバーで会話しているところを収録するとか、なんなら成瀬川さんが一人で弾き語りをしていても、あなたのバンドならば〈許される〉。そういった不思議な魅力があります」
 僕は嬉しくなって有頂天である。
 褒められているー。
 冷静になると〈イロモノバンド〉だと思われているのはわかるが、それは望むところだったし、とにかくやっと掴んだ〈切符〉だと考えている僕は、「これからの話」を数時間、その社長と話し合った。

 僕には明るい未来が見えていたように思う。
 だって、インディーズデビュー出来るんだぜ。
 僕は浮かれながら帰宅し、仕事とバンドの日々を続けることにした。




〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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