第34話 ミサイル畑でつかまえて【3】
文字数 1,672文字
高校二年の冬。
春の新入生歓迎公演を行うために、みんなで脚本をつくった。
そのときに、裏方として手伝ってくれた僕とカケと部長と同学年の、ヤジュウくんが、それを機に、演劇部に入部した。
ヤジュウくんは、うちのガッコウで一人きりのラグビー部の部員だった。
僕ら演劇部が部室から外に出て校庭の、グラウンドの隅で発声練習をしているのを観て、他の部活の人間たちと同様に、
「なんだ、こいつらは?」
と、いう目を向けていた。
だが、演劇部兼ラグビー部顧問教師のセヤ先生の手によって、ヤジュウくんも、その白い目で見られている演劇部へと、入ることになったのである。
ヤジュウくんは料理人を目指していて、女好きだった。
カケがドーナツ屋の厨房でドーナツつくってモテモテなのと同様に、ヤジュウくんもパティシエになってウハウハであり、大人になってからはブイブイ言わせていたようであった。
ともかく、部員が五人になり、僕らはまた一歩、スタープレイヤーと対峙するために前進した。
そういえば、それに先だって、秋に、文化祭で演劇部もステージに立っていて、悪名をとどろかせていた。
だって、普段はクラスでうつむき、声を押し殺しているようなメンバーたちが、舞台の上を駆けずり回って演技をしているのだ。
これは、かなりの衝撃を与えていたようだ。
そこで、ヤジュウくんも、これなら「いける!」と判断したのではなかろうか。
☆
杉並区、高井戸。
僕とカケが住む部屋に、ヤジュウくんがやってきた。
上野方面に、ヤジュウくんがパティシエをやっているお店があるらしく、上野の話を彼はよくしていた。
ヤジュウくんは、上野のとある本屋の話をしていた。
上野に、ホモが集まる本屋があるのだ、と言う。
上野に?
「面白がって入ってたまに立ち読みしてるけれども、客はホモしかいないんだよ」
謎の台詞である。
これは、池袋にある〈乙女ロード〉的な意味のお店ではないのは、聞いた感じ、わかる。
僕が子供の頃、上野駅でトイレに入ると、決まって背広を着たサラリーマンの方々が、僕の局部を覗いてきたのを覚えている。
だからなんとなく、上野という説明に、リアリティがある。
三大奇書のひとつ、『虚無への供物』では、新宿二丁目のゲイコミュニティが、一番、流行の最先端を走っていて、そこが爆心地になって、流行のものとは各地に発信されていくのだ、という史観が書かれてある。
実際、そのうち語るであろう、田舎から引っ越してきた場所が僕の部屋と近かった、服飾をやっていた高校の後輩に訊くと、
「デザイナーの世界はホモいですよー。トップデザイナーの男性はだいたいゲイですよー」
と言っていたし、デザイナーの世界がそうならば、確かに、そういう性的指向を持ったひとたちが集まるコミュニティが、最先端だ、というのは理にかなっている。
思わず頷いてしまうところがある。
ゲイにはハッテンバ文化というのがある。
コミュニティ内では性にオープンな部分があるそうだ。
と、したら、ヤジュウくんは、その本屋でナンパされるのではないだろうか。
ラグビーで鍛えた身体と、演劇スキルと、お菓子作りの才能。
そして、料理人で高給取りのお金持ち。
ヤジュウくんが女性に手を出している話をちょくちょく聞いて知っていたが、女好きのゲイというのも、結構いる。
僕から見ると、その手のタイプは、バイセクシャル、というのとはちょっと違うのだよね。
ヤジュウくんがどういうつもりでその本屋へ通っていたかは不明だが、僕は新宿二丁目のコンビニに入ったことがあって、でも、そこに置いてあるファッション雑誌は、男性が表紙のものオンリーだった。
ヤジュウくんが入る本屋には、どんな本が置かれていたのだろうか。
この話は、そういう場所で、そういう時代だった、特有の問題だったのかもしれない。
まあ、彼は彼で今も、楽しい性ライフを送っていることだろう。
僕はヤジュウくんに、出会ってからいなくなるまでずっと、めちゃくちゃバカにされていたけどね。
そんなものだよな。
〈次回へつづく〉
春の新入生歓迎公演を行うために、みんなで脚本をつくった。
そのときに、裏方として手伝ってくれた僕とカケと部長と同学年の、ヤジュウくんが、それを機に、演劇部に入部した。
ヤジュウくんは、うちのガッコウで一人きりのラグビー部の部員だった。
僕ら演劇部が部室から外に出て校庭の、グラウンドの隅で発声練習をしているのを観て、他の部活の人間たちと同様に、
「なんだ、こいつらは?」
と、いう目を向けていた。
だが、演劇部兼ラグビー部顧問教師のセヤ先生の手によって、ヤジュウくんも、その白い目で見られている演劇部へと、入ることになったのである。
ヤジュウくんは料理人を目指していて、女好きだった。
カケがドーナツ屋の厨房でドーナツつくってモテモテなのと同様に、ヤジュウくんもパティシエになってウハウハであり、大人になってからはブイブイ言わせていたようであった。
ともかく、部員が五人になり、僕らはまた一歩、スタープレイヤーと対峙するために前進した。
そういえば、それに先だって、秋に、文化祭で演劇部もステージに立っていて、悪名をとどろかせていた。
だって、普段はクラスでうつむき、声を押し殺しているようなメンバーたちが、舞台の上を駆けずり回って演技をしているのだ。
これは、かなりの衝撃を与えていたようだ。
そこで、ヤジュウくんも、これなら「いける!」と判断したのではなかろうか。
☆
杉並区、高井戸。
僕とカケが住む部屋に、ヤジュウくんがやってきた。
上野方面に、ヤジュウくんがパティシエをやっているお店があるらしく、上野の話を彼はよくしていた。
ヤジュウくんは、上野のとある本屋の話をしていた。
上野に、ホモが集まる本屋があるのだ、と言う。
上野に?
「面白がって入ってたまに立ち読みしてるけれども、客はホモしかいないんだよ」
謎の台詞である。
これは、池袋にある〈乙女ロード〉的な意味のお店ではないのは、聞いた感じ、わかる。
僕が子供の頃、上野駅でトイレに入ると、決まって背広を着たサラリーマンの方々が、僕の局部を覗いてきたのを覚えている。
だからなんとなく、上野という説明に、リアリティがある。
三大奇書のひとつ、『虚無への供物』では、新宿二丁目のゲイコミュニティが、一番、流行の最先端を走っていて、そこが爆心地になって、流行のものとは各地に発信されていくのだ、という史観が書かれてある。
実際、そのうち語るであろう、田舎から引っ越してきた場所が僕の部屋と近かった、服飾をやっていた高校の後輩に訊くと、
「デザイナーの世界はホモいですよー。トップデザイナーの男性はだいたいゲイですよー」
と言っていたし、デザイナーの世界がそうならば、確かに、そういう性的指向を持ったひとたちが集まるコミュニティが、最先端だ、というのは理にかなっている。
思わず頷いてしまうところがある。
ゲイにはハッテンバ文化というのがある。
コミュニティ内では性にオープンな部分があるそうだ。
と、したら、ヤジュウくんは、その本屋でナンパされるのではないだろうか。
ラグビーで鍛えた身体と、演劇スキルと、お菓子作りの才能。
そして、料理人で高給取りのお金持ち。
ヤジュウくんが女性に手を出している話をちょくちょく聞いて知っていたが、女好きのゲイというのも、結構いる。
僕から見ると、その手のタイプは、バイセクシャル、というのとはちょっと違うのだよね。
ヤジュウくんがどういうつもりでその本屋へ通っていたかは不明だが、僕は新宿二丁目のコンビニに入ったことがあって、でも、そこに置いてあるファッション雑誌は、男性が表紙のものオンリーだった。
ヤジュウくんが入る本屋には、どんな本が置かれていたのだろうか。
この話は、そういう場所で、そういう時代だった、特有の問題だったのかもしれない。
まあ、彼は彼で今も、楽しい性ライフを送っていることだろう。
僕はヤジュウくんに、出会ってからいなくなるまでずっと、めちゃくちゃバカにされていたけどね。
そんなものだよな。
〈次回へつづく〉