第67話 真夏の夜のサクリファイス【2】

文字数 911文字

 関東高校演劇祭。
 要するに演劇部が目指す甲子園だ。
 茨城県は県南も含めて、強豪校揃いだった。
 僕は県北のナンバーワン高校を撃破しないとならなくて、そればかり考えている高校三年の一学期を過ごしていた。
 部長が高校一年生のときからあたためていたあらすじをもとにして、それを細かくプロット化し、その場面場面の脚本の素案を部員一人一人が担当し、最後にセヤ先生がまとめて、脚本にする、という趣向となった。
 僕は、クライマックスの、一番盛り上がるシーンの脚本素案を担当することになった。
 ばらばらだったクラスメイトたちが、花壇を守るために、嵐の中、土のうをみんなの力を合わせて運ぶ、というシーンだった。
 僕は天の邪鬼だ。
 だから、ここの脚本は、ト書きだけで進行するようにして、最後に良い感じのキメの台詞を配置し、感動的なシーンに仕上げようと、僕は練りに練って、脚本素案を完成させた。
 ほかの部員たちも、各々仕上げてくる。
 僕の書いたシーンを気に入れてくれた先生だったが、
「どうせなら、台詞、一度もなし、でやろう!」
 と、キメの台詞も削って、〈動きで魅せる〉シーンにセヤ先生は改変した。
 なるほどな、と思った。
 直されたの、悔しかったけれども。

 その後、役者たちは配役が決まる。
 一年生では、メアリー以外は、裏方にまわった。
 メアリーは、美人だ、ということもあって、ヒロイン役に抜擢された。
 僕は中学校の先生の役。
 ここから、快進撃を始めることになる。
 その期間は短かったにせよ。


 セヤ先生は、言う。
「なにかの役を演じるとき、それは自分とは接点のない全くの別人を演じるつもりで演じる、というわけではなく、〈おまえの中にいるそいつ〉を演じるんだ。わかるか?」
 ペルソナ。
 僕はそんな言葉が浮かんだ。
 自分の中にいる、そいつという人格のペルソナを引き出すのだ。
 他人ではない。
 自分の中にいる、その役の登場人物。

 この考えは、僕が小説を書き始めても、たびたび思い出す事柄である。
 理解不能な別人ではない、自分のどこかに眠るそいつとの接点を見いだし、血の通ったキャラとすること。

 演劇祭は、刻一刻と近づいてきていたのである。






〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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