第7話 十七歳の地図【2】
文字数 1,555文字
十七歳の夏から、十八歳の秋の終わりまでの間は、僕にとって一番、永遠のように思える、人生で最強の想い出になる〈真夏の季節〉だった。
僕は〈その夏を生きるために生まれてきたのではないか〉とさえ、思えるような経験をした。
その真夏の季節の前夜。
それは嵐の前の静けさを感じさせる、雌伏の期間だった。
今回はその雌伏のときを一緒に過ごしたギンという名前の〈腐れ縁〉の男との話を中心に書こうと思っていたのだけれども、ちょっと遠回りをして、ギンの好敵手の話もしないとならない。
ギン本人に聞けば「あんな奴、眼中にない」と言いそうだけど、まわりから見ればあきらかに好敵手としている人物がいて、そいつの名前を……いや、ラジオネームを、コーゲツ、という。
コーゲツは〈伝説のはがき職人/メール職人〉で、その道では知らないものはいないほどである。
あげく、僕は「底辺物書きの僕が転生して伝説のはがき職人に弟子入りすることになってしまったのだが」という、まるでウェブ小説のタイトルと内容のような状況下に陥るはめに、のちになるのだが、それはまあ、別のお話。
ギンが渋谷の人間だとすると、その好敵手、コーゲツは秋葉原の人間である。
そういう〈トライブ〉なのである。
女性声優の業界には「十七歳教」と呼ばれる方々が存在するが、とりあえず今はその話ではなく、十七歳というその繋がりで、『十七歳の地図』というデビューアルバムを持つシンガーソングライター、尾崎豊の話をしたいと思う。
僕が自身のバンドが解散になってしまった頃、コーゲツに呼ばれて、高井戸から青山に……と言っても渋谷駅から歩いたのだが……向かったのだった。
呼ばれた場所は渋谷クロスタワー。
その、休憩所である。
コーゲツは京王堀之内からやってきた。
「お前は重要なことを失念している」
コーゲツは開口一番、僕にそう言った。
「まあ、缶コーヒーでも飲め。おれのおごりだ」
クロスタワーの自動販売機で買った缶コーヒーを投げて寄越すコーゲツ。
僕はそれをキャッチする。
そして、休憩所のベンチに座って、熱い缶コーヒーを握りしめてから、プルタブを開けて飲む。
「お前さ、渋谷に毎日のように来ているのに、重要な聖地に巡礼するのを忘れていただろう。思い出せよ、連れて行ってやるからさ。このクロスタワーのすぐそばだ」
しばらく会話したあと、コーゲツはそんなことを言って、僕を、クロスタワーの休憩所を出たすぐの場所にある、陸橋に僕を連れて行った。
陸橋のまんなかで、足を止めて、コーゲツは後ろを歩く僕を振り返ってから、陸橋につくられたレリーフを指さす。
そのレリーフは、尾崎豊の顔だった。
「そいつはいつも、ここで立ち止まって、陸橋にもたれかかって風景を眺めていたんだ」
……そこは、「尾崎豊記念碑」と呼ばれる場所だった。
レリーフのまわりには、びっしりとファンの寄せ書きが書かれている。
「な?」
「……ああ」
僕も、寄せ書きとして、
「お前の分も、生きてやる」
と、書いた。
コーゲツは肩をすくめてから、
「忘れてやるなよな、こいつのことも」
と、言う。
コーゲツとは、そういう男なのである。
アキバ系とは言っても、あらゆるラジオのヘヴィーリスナーなのだ。
ものをよく知っている。
そして、こういう演出の大好きな奴なのである。
「なにかあったら、ここへ戻ってみるといい」
そんなことを言って、コーゲツは笑った。
十七歳……なぁ。
放熱への証を、僕も刻まないとならないな、と思った。
その日、僕とコーゲツはその足で青山ブックセンターへ行き、書物を漁ってたらふく買うのであった。
僕はこいつと比べると、自分はずいぶんバカな奴だよなぁ、と思うのだ。
そりゃ、ギンもライバル視するよ、こいつのこと。
〈次回へつづく〉
僕は〈その夏を生きるために生まれてきたのではないか〉とさえ、思えるような経験をした。
その真夏の季節の前夜。
それは嵐の前の静けさを感じさせる、雌伏の期間だった。
今回はその雌伏のときを一緒に過ごしたギンという名前の〈腐れ縁〉の男との話を中心に書こうと思っていたのだけれども、ちょっと遠回りをして、ギンの好敵手の話もしないとならない。
ギン本人に聞けば「あんな奴、眼中にない」と言いそうだけど、まわりから見ればあきらかに好敵手としている人物がいて、そいつの名前を……いや、ラジオネームを、コーゲツ、という。
コーゲツは〈伝説のはがき職人/メール職人〉で、その道では知らないものはいないほどである。
あげく、僕は「底辺物書きの僕が転生して伝説のはがき職人に弟子入りすることになってしまったのだが」という、まるでウェブ小説のタイトルと内容のような状況下に陥るはめに、のちになるのだが、それはまあ、別のお話。
ギンが渋谷の人間だとすると、その好敵手、コーゲツは秋葉原の人間である。
そういう〈トライブ〉なのである。
女性声優の業界には「十七歳教」と呼ばれる方々が存在するが、とりあえず今はその話ではなく、十七歳というその繋がりで、『十七歳の地図』というデビューアルバムを持つシンガーソングライター、尾崎豊の話をしたいと思う。
僕が自身のバンドが解散になってしまった頃、コーゲツに呼ばれて、高井戸から青山に……と言っても渋谷駅から歩いたのだが……向かったのだった。
呼ばれた場所は渋谷クロスタワー。
その、休憩所である。
コーゲツは京王堀之内からやってきた。
「お前は重要なことを失念している」
コーゲツは開口一番、僕にそう言った。
「まあ、缶コーヒーでも飲め。おれのおごりだ」
クロスタワーの自動販売機で買った缶コーヒーを投げて寄越すコーゲツ。
僕はそれをキャッチする。
そして、休憩所のベンチに座って、熱い缶コーヒーを握りしめてから、プルタブを開けて飲む。
「お前さ、渋谷に毎日のように来ているのに、重要な聖地に巡礼するのを忘れていただろう。思い出せよ、連れて行ってやるからさ。このクロスタワーのすぐそばだ」
しばらく会話したあと、コーゲツはそんなことを言って、僕を、クロスタワーの休憩所を出たすぐの場所にある、陸橋に僕を連れて行った。
陸橋のまんなかで、足を止めて、コーゲツは後ろを歩く僕を振り返ってから、陸橋につくられたレリーフを指さす。
そのレリーフは、尾崎豊の顔だった。
「そいつはいつも、ここで立ち止まって、陸橋にもたれかかって風景を眺めていたんだ」
……そこは、「尾崎豊記念碑」と呼ばれる場所だった。
レリーフのまわりには、びっしりとファンの寄せ書きが書かれている。
「な?」
「……ああ」
僕も、寄せ書きとして、
「お前の分も、生きてやる」
と、書いた。
コーゲツは肩をすくめてから、
「忘れてやるなよな、こいつのことも」
と、言う。
コーゲツとは、そういう男なのである。
アキバ系とは言っても、あらゆるラジオのヘヴィーリスナーなのだ。
ものをよく知っている。
そして、こういう演出の大好きな奴なのである。
「なにかあったら、ここへ戻ってみるといい」
そんなことを言って、コーゲツは笑った。
十七歳……なぁ。
放熱への証を、僕も刻まないとならないな、と思った。
その日、僕とコーゲツはその足で青山ブックセンターへ行き、書物を漁ってたらふく買うのであった。
僕はこいつと比べると、自分はずいぶんバカな奴だよなぁ、と思うのだ。
そりゃ、ギンもライバル視するよ、こいつのこと。
〈次回へつづく〉