第120話 光について【8】

文字数 1,215文字

 カケは、演劇の学校に入学し、僕が見つけてきたドーナツ屋のバイトも絶好調で、ノリに乗っていた。
 給料日、ドーナツの半額券がもらえて、いらないらしく、僕にくれていた。
 なので、僕はドーナツをよく食べに行っていた。
 ドーナツ屋の店員のお姉さんはみんな可愛かった。
「そっかぁ。僕がドーナツを食べているときに、カケはドーナツ屋のお姉さんを食べているのかぁ」
 お姉さんたちの柔肌を撫でた指先でカケがこねてつくったドーナツを食べるのはおかしな気分だったが、その店舗でしか半額券が使えないのだから仕方がない。
 僕はドーナツを食べて、ちょっと〈パラッパラッパー〉な気分になる。
 カケは、僕が高熱を出して倒れていると、ドーナツを20個くらい詰めて持ってきてくれた。
 それはありがたかった。
 一方で、カケが最初の頃、バイト行きたくない病に罹ったときに、「ゴー(行け)!」と無理やり叩き出してバイトに向かわせたのは僕だ。
 あと、カケに彼女が出来たのと、カケがその彼女とセックス出来てチェリーくんじゃなくなったのは、僕のおかげである。
 僕はカケに貢献したが、カケは僕を裏切ることになる。
 だが、まあ、それはあとの話だ。
 僕らは、バンドを結成し、これから、ってところだった。







 カケの仕事場の友人に、アダチさんというひとがいて、主に渋谷ラ・ママで活動しているバンドのボーカリストだった。
 渋谷ラ・ママとは、Mr.Childrenやスピッツを排出したライブハウスだ。
 僕はカケに連れられて、アダチさんのバンドのライブを観に行った。
 渋いバンドだった。
 学生時代の友人と組んだバンドで、ストレートなロックバンドだった。
 カケはアダチさんと、ほぼコンビのようになっており、よくジョナサンなどで合コンのようなものに耽っていたようだった。
 合コンの方が楽しくて、バンドの練習も、来ない日があった。
 カケはバンド以外にも行き場があるし、ドラムのひとの方も、歌入れの方が本業の仮歌のお姉さんなので、バンドしかないのは僕だけで、実は四面楚歌だった。
 みんな人生楽しそうだ。
 生活にも慣れて、東京のひとって感じだ。
 僕は自分の人生を振り返っていた。
 楽しいことなんてなにひとつとしてなかったように思えた。
 閉塞感が、僕を襲ってきた。
 そこで僕はそれを曲にした。
 タイトルは『閉塞された宇宙』というもので、『焦げついた夏の音』とともに、バンドの代表曲になる。
 長さは、約10分ある楽曲で、ずっと僕が語りを入れている曲だ。
 ギターを弾きながら語りを十分間に渡り、続ける。
 メインストリームからは外れた、それこそオルタナティブだった。
 売れることなんて決してない曲で、それは僕の挑戦だった。

 楽曲は揃ってきた。
 そんなとき、久しぶりにコーゲツが僕の部屋を訪れる。
 ケータイで、日記サイトが出来たのでバンドの広報がてら、やらないか、ということだった。
 時は大きく、動き始める。




〈了〉
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登場人物紹介

成瀬川るるせ:語り手

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