第35話 ミサイル畑でつかまえて【4】

文字数 1,876文字

 下北沢の料理店『ぶーふーうー』でチキンソテーを食べていたときのことである。
 ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの楽曲と思わしき歌が備え付けのテレビのMTVかなんかから流れてきた。
 僕のヴェルヴェット・アンダーグラウンドの想い出は、吹奏楽部顧問だった、音楽の女性教師と記憶が結びつけられているし、「うひょー!」と思って、天井から吊したように設置されたテレビに見入った。
 そうしたら、格好良くも〈田舎たく〉あるようにも思えるルックスの、アイドルみたいな顔をしたバンドが演奏している映像が、そこには流れていた。
 ヴェルヴェット・アンダーグラウンドではない。
 これはデビューして間もない、ザ・ストロークスだった。
 衝撃的だった。
 あとで渋谷の文化村通りにあるブックファーストで音楽雑誌を読んで知ったが、イギリスで火が付いた、アメリカのバンドらしい。
 しかも、ニルヴァーナのカートの奥さん、コートニーと熱愛報道まであって、その熱愛報道もほんとか嘘かわからない、とのことだった。
 このサウンドは気持ちいい。
 でも、アイドルみたいな兄ちゃんたちが演奏している。
 僕の隣で飯を食っていた居候のドラムの女の子は、
「最近のバンドはアイドルみたいになってるよねー」
 と笑っていた。
 電気グルーヴが好きなお前がそれを語るのか? とも思ったが、電気グルーヴはニューオーダーと繋がりがあり、ニューオーダーはジョイ・ディヴィジョンというバンドにいたカリスマボーカルが亡くなって、残されたメンバーが組んだバンドだ。
 カリスマあああぁぁ! と、いうことは、アイドルなルックスもどんと来ちゃいなさいよぉ、ってタイプなのである、このドラムの娘。
 飯を食って金を払って店を出て、朝日屋洋品店などの古着屋に寄ったり、ブックス・ドラマ、ヴィレヴァンなどでサブカル本を漁り、時代の流れを感じる僕なのであった。







 そう、この頃はドラムの娘と共同生活を、僕は送っていた。
 カケは、違うところにアパートを借りて住んだ。
 僕の部屋の近くに、である。
 で、この女の子。
 留学体験があるひとなので、この子から英語を習おうとしたが、拒否された。
 富士見ヶ丘に住んでいて、ある日、
「家財道具を運ぶの手伝って! 引っ越し先はすぐ近くだから!」
 と、言うので了解したら、その引っ越し先とは上高井戸の僕の部屋のことで、押しかけるように、この子は僕の部屋に居候することになった。
 家財道具を運ぶとき、嫌な予感はしたが、まさか僕の部屋に住むとは思ってもいなかった。
 この子はブラック・ミュージックを好み、洋楽をたくさん僕に教えてくれた。
 ベースを担当していたカケと作詞作曲ギターを担当していた僕の二人は、ヤマハのQY100で打ち込みドラムのユニットを結成していた。
 だが、そこに、何故かボーカリストのこの子が、
「わたしがドラムやる!」
 と、僕らの前で挙手した。
「大学時代、ガンズアンドローゼスのコピーバンドでドラムをやっていたのよ!」
 と、その子は言う。
 驚いた。
 アコギとボーカルの、うらぶれた感じのコンセプトの男女ユニットを組んでいたその子は、ユニットは趣味で、仕事としては歌手が歌う前のデモテープにボーカルを入れる〈仮歌のお姉さん〉をやっていたこともあり。
 それに自分がボーカルで、インディーズ映画の主題歌を歌ったりもしていた。

 面白いことに、その頃はSNSなんてなかったけど、都内には無数の、〈創作女子コミュニティ〉が存在しており、そのうちのひとつに入っていた子だった。
 ルーズソックスが流行る5年前には、横浜を中心にルーズソックスはみんな履いていた、と言っていた。
 神奈川出身だが、都内の小中高大学一貫お嬢様学校に通っていて、その卒業生だった。
 エリートなはずが、ドロップアウトしてしまったひとだった。
 その子がドラムに収まり。
 ここに、スリーピースバンドが結成されたのであった。
 経緯もなにも、バンドを組んで知り合うのではなく、友達同士がバンドを組んだような感じである。
 知らない土地だったのに、お友達バンドを結成は、なかなかないと思う。
 なお。
 その頃僕は詩人やポエマーだと思われていて、このバンドはバンドだというより、みんな〈コラボバンド〉だ、という認識で僕らを観ていたし、それはある意味正しかった。
 いや、ポエマーがバンドやるって凄い話ではある。
 それこそ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのルー・リードみたいだよ……。
 僕はルー・リードにはなれなかったけど。
 トム・ウェイツにも、ね。





〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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