第125話 常陸牛乳【5】

文字数 1,210文字

 深夜。
 シャッターの閉まっている原宿の竹下通りを、楽器ケースを抱えたバンドメンバー、僕ら三人は歩いている。
 灯がついている店が一軒だけある。
 はなまるうどんといううどん屋だ。
 僕らは、はなまるうどんに入る。

「かけ! かけうどん!」
「わたしもかけ! かけうどん!」
「僕はカケだからかけうどんは頼まないよ! ぶっかけうどん!」

 僕らはうどんの載ったトレイを持ち、テーブルについた。
「今日のライブも最高だったね」
 ドラムがそんなことを言う。
 僕はファンからもらった一升瓶を手に持っていた。
「もらっちゃったよ」
 そう。
 この日はもう9月だった。
 7月。
 原宿ルイードでライブを行ったときに、僕は一人の女の子と出会う。
 バンド小説を書きたい、と言っている少女だ。
 その子が、9月の、ルイードのライブにも来てくれて、一升瓶の大吟醸の日本酒をくれたのだ。
 僕はうきうきだった。
 だが、ドラムが険しい顔になって、僕から一升瓶を奪い取る。
「はい。カケ。これはカケが飲んで!」
「おい、なにすんだよ、僕がもらった物だぜ?」
「黙れ!」
 ボガッと音を立てて、僕の頭蓋にドラムの拳が入る。
 僕は椅子を倒して倒れてしまった。
「痛ってぇ。なにすんだよ」
「オンナは全部、カケが喰え!」
「なに言ってるんだ、おまえ? 喰う? バカか! そんなことはしちゃダメだろうが!」

 修羅場になる僕ら。
「るるせちゃんにはわからないんだよ!」
 と、ドラム。
「なにがわからないってんだ!」
 と、僕。
 立ち上がろうとする僕に、今度は頬へと、ドラムの拳が入る。
 そこに蹴りが入って、僕はうめいた。
 カケはへらへら笑って見ている。
 ドラムは言う。
「そんなオンナのことなんて考えてないで、練習をもっと頻度を増やす! ライブ回数も増やす! 2週間に1回はステージに立つつもりで行くよ! 各自バイトの都合をつけて、週3回はスタジオにこもる! 深夜パックで、朝まで5時間は練習。スタジオ予約取れるときは、ね! いい?」
 めちゃくちゃだが、僕らはそういう方針で動くことになった。
 バイトと練習とライブ漬けの生活。
 そして、毎日続けている、〈ケータイ小説〉を綴る日々。
 僕らのバンドは、それにより徹底的に変わる。
 総ての曲が、誰が聴いても「同じ曲に思えない」と、言うようになる。
 だが同時に、僕らには亀裂が、すでにその頃には入ってきていたのがわかると思う。

 ……それにしても、僕の悪いクセで、先を急いでしまったようだ。
 時間を逆戻りして、7月に戻そう。

 7月、8月。
 僕らは、ライブハウスのライブオーディションを受けながら活動することになったのだった。
 僕は交通警備員の仕事を始めた。
 ドラムは派遣の仕事がメインで、仮歌の仕事。
 カケはドーナツ屋で働いて、演劇の学校にも通う。

 僕は警備員の仕事の合間に携帯電話で小説を書く生活だ。


 では、召しませ、ここに描き出す罪の果実を。




〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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