第119話 光について【7】

文字数 1,278文字

「店長! ボーイズラブ、飛ぶように売れますねっ!」
 阿呆な僕は、働いている本屋で、店長の壮年男性に素直にそんな感想を言ってしまう。
「成瀬川くん。君が言いたいことはわかるよ」
「んん?」
 わからない。
 どうわかったのだ?
「うちはえっちな本は置かない。でも、ボーイズラブは置く。不思議に思うだろう」
「え? あ、はい」
「ボーイズラブはね、ファンタジーなのだよ」
「ファンタジー?」
「ボーイズラブは、少女漫画だ。えろ本ではない」
「言われてみれば、確かに」
 僕の横で、先輩店員のアラキ嬢が口を手で覆い、肩を揺らして笑いをこらえている。
 アラキさん、笑った姿も可愛いなぁ、と思いながらも、店長が真面目に語るボーイズラブの話を聞く。
 あとで、アラキさんが僕に、
「ボーイズラブに興味があるの、るるせくん?」
 と、言うので、
「同じくらい、アラキさんにも興味、あります」
 と、答える僕。
 アラキさんは僕の頭にチョップしてから、仕事に戻っていった。







 渋谷の某所。
 高橋竜さんは、僕のバンドが吉祥寺シルバーエレファントでライブしたことに驚いていた。
「プログレの聖地じゃん、シルバーエレファント。そっか、そっかぁ。るるせもプログレに目覚めたかぁ。ついに、って感じだな」
「は? はぁ」
 いや、オルタナティブ・ロックを演っているのだけどな!
「実はおれも、初めてのライブはシルバーエレファントで、なのだよ」
「ええ! 竜先生が? びっくりです!」
 ベースボーカルの高橋竜さんは、ハードコアやダンスミュージックリミックスもこなすが、この話の流れから言うと、プログレッシブ・ロックのひとだったらしい。
 初めて知ったよ。
 と、言うか、だから理論派なのか。
 プログレ勢は、理論派が多いと聞くが、マジでそのようだ。

 プログレというと、ピンク・フロイドやキング・クリムゾンといったバンドの名前と、印象的なアルバムタイトルやジャケットや、それに難解な楽曲構成に哲学的な歌詞などが思い浮かぶ。
 竜さん、哲学しちゃっているものなぁ。
 文学入っている、とも言い換えられるし。
「頑張れ、るるせ!」
 竜さんは、サムズアップして、僕を応援してくれた。
 いや、だから僕はオルタナなのだけどね?







 居候のドラムねーちゃんには、ドラムの師匠がいた。
 と、いうか、コーラス隊として、その師匠のファンクバンドに参加していた。
 ジェイムス・ブラウン(J・B)を崇拝すると公言する大きな編成のバンドである。
 歌詞は、全部、J・Bへのリスペクト精神を体現したもので、総ての楽器が休止して、ボーカルがMCをして、突如、音楽がブレイクから戻って鳴るしリズムキープが完全に出来ている、という鬼のような、まさにファンクのバンドだった。
 そのバンドからの紹介もあり、僕らのバンド、シルバーエレファントの次は、いきなりで大舞台である、原宿竹下通りにある、ルイードという場所でライブをやることになっていた。
 ちなみに、原宿ルイード跡地は、のちに、ニコニコ動画の本社がテナントとして入ることになる。
 バンド練習にも身が入る僕らだった。





〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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