第16話 ガダラの悪霊【3】
文字数 1,481文字
演劇の夏合宿が始まった。
基礎練の正しいやり方講座があって、次いで実践してみようという趣向だったので、初心者の僕も、どうにかこうにかついていけた。
ところで。
ミュージカルと言えばダンスや歌があるエンターテインメント演劇である。
いろんなスキルがないとミュージカルの役者にはなれない。
特に、ダンスはクラシック・バレエ、ジャズダンス、日舞、タップダンスなどが出来ないとアウトである。
で、この合宿では、夜はダンスの授業にあてられた。
ダンスの種類はなにかというと、ヒップホップダンスであった。
県北地区は田舎とはいえ、流石演劇部だけあって、みんなダンスというお洒落なものが滅法上手い。
どんくさい僕は初歩である〈ボックス〉が出来ない。
足を4ステップでぐるっとまわって、もとの位置に戻るもので、これがヒップホップダンスで、一番最初に覚えるダンスである。
夜に、ダンス練習は行われたのだが、僕は居残り授業になった。
しかも、居残りは僕だけである。
講師とワンツーマンである。
僕は汗だくでボックスの練習をする。
そのダンスをしてる部屋で、講師の隣にパイプ椅子を置いて、僕を見て微笑んでいる、足にギブスを巻いた少女がいた。
ひたすらに、僕を見ている。
「わたしね、今日は踊れないから、るるせくんを見てる」
そう言ってくれた。
彼女のおかげで、僕は勇気と根性が出た。
居残りが終わり、ボックスを身体に刻み込んだ僕は、その子と話をする。
彼女はプロテスタントで、ミッションスクールに通っていて、福島県に住んでいて、ラルクアンシエルの大ファンで、そして横浜から引っ越してきたばかりの、高校一年生だった。
「今度、デートしようよ!」
屈託のない笑みで、彼女はそう言う。
「じゃあ、キミの足が治ったらね」
「うん」
僕は自分の高校の演劇部のメンバーともまだ碌に会話していなかったし、喋る相手が出来たのは僥倖だった。
合宿は、最後の夜に「場面劇」と呼ばれる、全編を通さず、場面だけ切り取って演じるスタイルの演劇をランダムに選ばれたメンバーたちでこなして、終わりになった。
僕は夏休み、ちょくちょく、居残り授業で出会ったその女の子とデートすることになる。
その子は喋るスピードが速く、のんびり屋の僕にはなかなか脳内で言葉を聞き取るのが大変だった。
彼女は喋るスピードが速い上に、聖書から縦横無尽に言葉を引用するので、さらに理解するのが難しかった。
「文学なるるせくんにはわたしが子供の頃読んでいた版の聖書をあげるね!」
もらったものは、ページを開くと自分の写真をスタンプにしたものが押してあったり、ラルク好きーって書いてあったり、そして中身は赤ペンや蛍光ペンで旧約、新約、どちらもアンダーラインびっしりの新共同訳の聖書だった。
彼女は微笑む。
「海外文学を理解するには聖書を読まないとね!」
その通りだった。
海外文学という奴は、それしか話題がないのか、くらいの勢いで聖書の話をしているか、聖書のどこかがモチーフになった物語を紡ぐ。
こうして、僕のベッドの枕元にはずーっとの間、聖書が鎮座することになった。
ちなみに今は、聖書はコタツの上に置いてある。
「眠れない夜は聖書でも読んでいろ」
とは、よく言ったものである。
僕は芥川龍之介の作品はほぼすべて読破した。
その芥川には「切支丹物」と呼ばれる作品の一群がある。
芥川への理解力が、ぐんと上がった気がしたのだった。
そういやこの子と文学の話なんてしたかな? とちょっと思い出せないが、ここでまた、文学への道に、僕は接近した。
〈次回へつづく〉
基礎練の正しいやり方講座があって、次いで実践してみようという趣向だったので、初心者の僕も、どうにかこうにかついていけた。
ところで。
ミュージカルと言えばダンスや歌があるエンターテインメント演劇である。
いろんなスキルがないとミュージカルの役者にはなれない。
特に、ダンスはクラシック・バレエ、ジャズダンス、日舞、タップダンスなどが出来ないとアウトである。
で、この合宿では、夜はダンスの授業にあてられた。
ダンスの種類はなにかというと、ヒップホップダンスであった。
県北地区は田舎とはいえ、流石演劇部だけあって、みんなダンスというお洒落なものが滅法上手い。
どんくさい僕は初歩である〈ボックス〉が出来ない。
足を4ステップでぐるっとまわって、もとの位置に戻るもので、これがヒップホップダンスで、一番最初に覚えるダンスである。
夜に、ダンス練習は行われたのだが、僕は居残り授業になった。
しかも、居残りは僕だけである。
講師とワンツーマンである。
僕は汗だくでボックスの練習をする。
そのダンスをしてる部屋で、講師の隣にパイプ椅子を置いて、僕を見て微笑んでいる、足にギブスを巻いた少女がいた。
ひたすらに、僕を見ている。
「わたしね、今日は踊れないから、るるせくんを見てる」
そう言ってくれた。
彼女のおかげで、僕は勇気と根性が出た。
居残りが終わり、ボックスを身体に刻み込んだ僕は、その子と話をする。
彼女はプロテスタントで、ミッションスクールに通っていて、福島県に住んでいて、ラルクアンシエルの大ファンで、そして横浜から引っ越してきたばかりの、高校一年生だった。
「今度、デートしようよ!」
屈託のない笑みで、彼女はそう言う。
「じゃあ、キミの足が治ったらね」
「うん」
僕は自分の高校の演劇部のメンバーともまだ碌に会話していなかったし、喋る相手が出来たのは僥倖だった。
合宿は、最後の夜に「場面劇」と呼ばれる、全編を通さず、場面だけ切り取って演じるスタイルの演劇をランダムに選ばれたメンバーたちでこなして、終わりになった。
僕は夏休み、ちょくちょく、居残り授業で出会ったその女の子とデートすることになる。
その子は喋るスピードが速く、のんびり屋の僕にはなかなか脳内で言葉を聞き取るのが大変だった。
彼女は喋るスピードが速い上に、聖書から縦横無尽に言葉を引用するので、さらに理解するのが難しかった。
「文学なるるせくんにはわたしが子供の頃読んでいた版の聖書をあげるね!」
もらったものは、ページを開くと自分の写真をスタンプにしたものが押してあったり、ラルク好きーって書いてあったり、そして中身は赤ペンや蛍光ペンで旧約、新約、どちらもアンダーラインびっしりの新共同訳の聖書だった。
彼女は微笑む。
「海外文学を理解するには聖書を読まないとね!」
その通りだった。
海外文学という奴は、それしか話題がないのか、くらいの勢いで聖書の話をしているか、聖書のどこかがモチーフになった物語を紡ぐ。
こうして、僕のベッドの枕元にはずーっとの間、聖書が鎮座することになった。
ちなみに今は、聖書はコタツの上に置いてある。
「眠れない夜は聖書でも読んでいろ」
とは、よく言ったものである。
僕は芥川龍之介の作品はほぼすべて読破した。
その芥川には「切支丹物」と呼ばれる作品の一群がある。
芥川への理解力が、ぐんと上がった気がしたのだった。
そういやこの子と文学の話なんてしたかな? とちょっと思い出せないが、ここでまた、文学への道に、僕は接近した。
〈次回へつづく〉