第104話 僕の心を取り戻すために【3】

文字数 915文字

 朝起きて、カロリーメイトを齧ってから、高井戸駅から渋谷駅まで井の頭線で移動する。
 井の頭線の渋谷駅はマークシティと繋がっていて、僕はよく、出来たばかりの友人たちと、マークシティ内のエクセリシオールで珈琲を飲みながら雑談をした。
 まーくん、という友人と、僕は特に仲が良かった。
 まーくんはMac bookをいつも特製リュックで背負っていた。
 今で言う、トラックメイカーがまーくんだ。
 まーくんは心優しい男性で、バラードをつくることを得意とした。
 まーくんとは渋谷の喫煙所でも、二人だけでよくおしゃべりをした。
 新人作曲家としての苦労からか、たまに酔っぱらっていることがあった。
 だが、それは僕も同じで、トートバッグにポケットボトルのウィスキーや、スキットルに入れたウィスキーを持ち歩いていて、それでのどを潤していた。
 僕の場合は、無頼派気取りであるだけであったが。







 なにか飲もうかな、と思って、マークシティ内のスターバックスに行く。
 すると、ちょうど良いところに、ドラマーのシンキさんが近づいてきた。
 僕とシンキさんはそれぞれ珈琲を注文し、ミルクやシュガーが置いてある棚に移動する。
「るるせ。おまえ、いっつもいろんなところうろちょろしてるのな」
 シンキさんが笑う。
 僕もつられて笑っていると、シンキさんがミルクを手に持って、珈琲に入れながら、
「ドピュ、どぴゅぷ、ドピュゥ!」
 と、卑猥な擬音を発声する。
 僕はそれを黙って観察した。
 そう、僕はこれが観たかったのだ。
 シンキさん、三十代はまわっているけど、〈悪ガキ〉なのだ。
 そして、そんな〈悪ガキ〉がいても良いということ。
 みんながみんな大人じゃなくて良いのだ。
 僕は最前のドピュドピュに感動さえ起こしてしまった。
 上京して良かったな、と思った。
「なーに笑ってんだ、るるせ」
「いえ、なにも。あはは」
「おまえの珈琲にもミルクかけてやる、ドピュドピュ!」
「ちょっ、自分でかけるから良いですってば」
「そう言うなって。ほ〜ら、ドピュウゥゥゥゥ」
「ひーーーー」

 こんな感じで、僕の日常はやっとまともになった。
 しばらくの間だけど、ね。
 困難はまた襲ってくる、何度でも、ね。





〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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