第65話 メビウス・アッシュ【6】
文字数 2,250文字
アニメタルのライブが終わり、休憩スペースでお喋りをする僕ら。
シンキさんの弟子が、
「これは本当にあった出来事なのだが……」
と、前置きをして、アニメタルのボーカリスト・さかもとえいぞうさん伝説を語り始めた。
僕はラッキーストライクを吸いながら、それをただ静かに聴く。
☆
ある日、ライブが終わり、打ち上げで、ライブのメンバーとえいぞうさんはお酒を飲んでいた。
そこは雑居ビルの二階だったらしい。
そこで酒をグビグビ飲んで良い感じに酩酊して、えいぞうさんは窓際まで行く。
夜風に当たろうとしたのだ。
窓に肘を突こうと寄りかかると、酔っ払っていたからか、えいぞうさんはその窓から転落した!
転落し、空中を落下するさかもとえいぞうさん!
このビルの隣は平屋の一般のひとが住む一軒家だった。
屋根を突き破って、えいぞうさんは落ちる!
「痛てててて……」
えいぞうさんが起き上がると、そこはちゃぶ台の上だった。
一般家庭の家族が夕ご飯を食べていた、そのちゃぶ台に落下したのだ。
茶碗と箸を持った人たちが口をぽかーん、と開けて、ちゃぶ台に落下してきたえいぞうさんを見る。
「いやー、すまん、すまん」
と謝ってから、えいぞうさんは玄関を抜けて、ビルの飲み屋に戻ってきて、またお酒を飲み始めた、……という。
☆
「な? えいぞうさんって凄いだろ?」
「あ? ……ああ、すげぇな」
僕は頷いた。
☆
僕は茨城に帰郷後、ラジオを聴く生活を送っていた。
とあるラジオ番組に、子役やモデルをやっているという女子高生が出演していて、番組を聴いている間にときは過ぎ、その子は事務所の声優科の試験を受けパスして声優になり、収録ブースでも受験勉強をしていて、大学を受験し合格し、大学生の声優になった。
その子が毎週生放送のパーソナリティになるというので聴いていた。
なにについてだったかは忘れたが、「最後まで聴いてお付き合いいただけると幸いです」との旨のダイレクトメールもその子から届いた。
そんなわけで、その子が京都アニメーションの番組『中二病でも恋がしたい!』の初イベントを九段下のサイエンスホールでやる、というので観に行った。
まあ、実はその前日、その声優さんが出ている違うラジオ番組が主宰の立食パーティがあったので参加して、その日はネットカフェに泊まり、そのままサイエンスホールまで僕はやってきたのだったのだが。
客席に座って気づいたが、最前列から二列目だった上に、その声優さんの立ち位置からまっすぐ目の前だった。
ジャストでマストなポジションだ。
だが、なんというか、主演というかヒロイン役のひとはヒロインのため、とてもヒロインヒロインしている。
ヒロインのひとは当時は「アホの内田」とファンからからかわれているくらいボケボケした発言をすることで有名で、一方、僕が追ってきた子は、今ではセクシーなイコンとして有名な方になってしまったが、当時はラジオでも「怖えええええええ」とファンから言われる、サブカル系女子だった。
その日のイベントはアニメのラジオの公開収録、どうもヒロインはヒロインなので、僕はヒロインを観てしまう。
だって、ヒロインなんだもん。
前日のパーティ、100人以下の人数だったこともあり、来た人間は露骨に認識出来る感じであり、まっすぐ観ればその声優、上坂すみれを間近に直視出来るのに、思わず内田真礼をじろじろ観てしまう僕は、叛逆感丸出しである。
そんなこんなでイベントが終了するとき、キャストがサインを書いたフリスビーを観客席に投げて終わる、という趣向になった。
ふわふわとフリスビーを投げるキャストたち。
だが。
上坂すみれと言えばあきらかに体育会系にコンプレックスを持っている類いの人間である。
フリスビーの投げ方を知っているとは思えない。
実際、投げ方を知らなかった。
投げるとき、例によって僕は、
「うぇ~~~~~~~~い!」
と、阿呆のようにお客さんとして喜んでいた。
そうしたらステージ上のひとと、また例によって目と目が合った。
キリッとした冷徹な目になる上坂嬢。
「あ。ヤバ……」
上坂すみれは、フリスビーを縦にスウィングした。
剛速球のフリスビーが飛んでくる。
そして、僕の顔面にクリティカルヒットして、僕は吹き飛んで、席に倒れ込んだ。
他の声優さんが、
「こりゃまた、近いところに投げたねぇ……」
と、感想を漏らしていた。
そこで僕の脳みそに、アニメタルのライブのときのことが少し脳裏をかすめる。
だが、僕はオタクであると自己暗示をかけていたので、上手く昔のことが思い出せなかった。
そうして、その日のイベントは終了した。
ラジオを聴いたら、フリスビーを投げて「こりゃまた、近いところに投げたねぇ……」という言葉まで、しっかり放送されていた。
実はこのラジオ、『中二病でも恋がしたい! DJCD』というCDに全話収録されているので、おそらくは買えばこの日のイベント、及び僕にフリスビーが激突したところも収録されているはずである。
まさか、京都アニメーションのアニメのラジオCDに僕のマル秘エピソードみたいな奴まで収録されているとは!
凄い……。
ありがとうございます、京都アニメーションさん。
僕は京都アニメーションさん、大好きです!
今回は、そういうエピソードなのだが、僕が自己暗示から脱却し、まともに小説を書く気になるまでは、それからまだ何年もかかることになる。
寄り道ばかりの人生だよ、あはは。
〈了〉
シンキさんの弟子が、
「これは本当にあった出来事なのだが……」
と、前置きをして、アニメタルのボーカリスト・さかもとえいぞうさん伝説を語り始めた。
僕はラッキーストライクを吸いながら、それをただ静かに聴く。
☆
ある日、ライブが終わり、打ち上げで、ライブのメンバーとえいぞうさんはお酒を飲んでいた。
そこは雑居ビルの二階だったらしい。
そこで酒をグビグビ飲んで良い感じに酩酊して、えいぞうさんは窓際まで行く。
夜風に当たろうとしたのだ。
窓に肘を突こうと寄りかかると、酔っ払っていたからか、えいぞうさんはその窓から転落した!
転落し、空中を落下するさかもとえいぞうさん!
このビルの隣は平屋の一般のひとが住む一軒家だった。
屋根を突き破って、えいぞうさんは落ちる!
「痛てててて……」
えいぞうさんが起き上がると、そこはちゃぶ台の上だった。
一般家庭の家族が夕ご飯を食べていた、そのちゃぶ台に落下したのだ。
茶碗と箸を持った人たちが口をぽかーん、と開けて、ちゃぶ台に落下してきたえいぞうさんを見る。
「いやー、すまん、すまん」
と謝ってから、えいぞうさんは玄関を抜けて、ビルの飲み屋に戻ってきて、またお酒を飲み始めた、……という。
☆
「な? えいぞうさんって凄いだろ?」
「あ? ……ああ、すげぇな」
僕は頷いた。
☆
僕は茨城に帰郷後、ラジオを聴く生活を送っていた。
とあるラジオ番組に、子役やモデルをやっているという女子高生が出演していて、番組を聴いている間にときは過ぎ、その子は事務所の声優科の試験を受けパスして声優になり、収録ブースでも受験勉強をしていて、大学を受験し合格し、大学生の声優になった。
その子が毎週生放送のパーソナリティになるというので聴いていた。
なにについてだったかは忘れたが、「最後まで聴いてお付き合いいただけると幸いです」との旨のダイレクトメールもその子から届いた。
そんなわけで、その子が京都アニメーションの番組『中二病でも恋がしたい!』の初イベントを九段下のサイエンスホールでやる、というので観に行った。
まあ、実はその前日、その声優さんが出ている違うラジオ番組が主宰の立食パーティがあったので参加して、その日はネットカフェに泊まり、そのままサイエンスホールまで僕はやってきたのだったのだが。
客席に座って気づいたが、最前列から二列目だった上に、その声優さんの立ち位置からまっすぐ目の前だった。
ジャストでマストなポジションだ。
だが、なんというか、主演というかヒロイン役のひとはヒロインのため、とてもヒロインヒロインしている。
ヒロインのひとは当時は「アホの内田」とファンからからかわれているくらいボケボケした発言をすることで有名で、一方、僕が追ってきた子は、今ではセクシーなイコンとして有名な方になってしまったが、当時はラジオでも「怖えええええええ」とファンから言われる、サブカル系女子だった。
その日のイベントはアニメのラジオの公開収録、どうもヒロインはヒロインなので、僕はヒロインを観てしまう。
だって、ヒロインなんだもん。
前日のパーティ、100人以下の人数だったこともあり、来た人間は露骨に認識出来る感じであり、まっすぐ観ればその声優、上坂すみれを間近に直視出来るのに、思わず内田真礼をじろじろ観てしまう僕は、叛逆感丸出しである。
そんなこんなでイベントが終了するとき、キャストがサインを書いたフリスビーを観客席に投げて終わる、という趣向になった。
ふわふわとフリスビーを投げるキャストたち。
だが。
上坂すみれと言えばあきらかに体育会系にコンプレックスを持っている類いの人間である。
フリスビーの投げ方を知っているとは思えない。
実際、投げ方を知らなかった。
投げるとき、例によって僕は、
「うぇ~~~~~~~~い!」
と、阿呆のようにお客さんとして喜んでいた。
そうしたらステージ上のひとと、また例によって目と目が合った。
キリッとした冷徹な目になる上坂嬢。
「あ。ヤバ……」
上坂すみれは、フリスビーを縦にスウィングした。
剛速球のフリスビーが飛んでくる。
そして、僕の顔面にクリティカルヒットして、僕は吹き飛んで、席に倒れ込んだ。
他の声優さんが、
「こりゃまた、近いところに投げたねぇ……」
と、感想を漏らしていた。
そこで僕の脳みそに、アニメタルのライブのときのことが少し脳裏をかすめる。
だが、僕はオタクであると自己暗示をかけていたので、上手く昔のことが思い出せなかった。
そうして、その日のイベントは終了した。
ラジオを聴いたら、フリスビーを投げて「こりゃまた、近いところに投げたねぇ……」という言葉まで、しっかり放送されていた。
実はこのラジオ、『中二病でも恋がしたい! DJCD』というCDに全話収録されているので、おそらくは買えばこの日のイベント、及び僕にフリスビーが激突したところも収録されているはずである。
まさか、京都アニメーションのアニメのラジオCDに僕のマル秘エピソードみたいな奴まで収録されているとは!
凄い……。
ありがとうございます、京都アニメーションさん。
僕は京都アニメーションさん、大好きです!
今回は、そういうエピソードなのだが、僕が自己暗示から脱却し、まともに小説を書く気になるまでは、それからまだ何年もかかることになる。
寄り道ばかりの人生だよ、あはは。
〈了〉