第72話 真夏の夜のサクリファイス【7】

文字数 1,173文字

 学校の制服の上にカーディガンを羽織った演劇部の部長は、体育座りをして、カーディガンにひざを入れて、CDを部室でぼーっと聴いていた。
 そこに僕が現れるが、気にも留めないで、音楽をスピーカーで大きな音量で流している。
「その曲、誰の?」
 僕が訪ねる。
「ブランキー」
「ブランキー?」
「お兄ちゃんの部屋にあったのを持ってきたのよ。ブランキージェットシティってバンドよ」
 そういや、深夜番組のランキング番組でヒットしていたなぁ、と思いつつ、
「曲名は」
 と、訪ねる。
「これは『赤いタンバリン』って曲」
 とても格好良い。
 ダウンストロークだけで、ダウン、アップってやらないで、ジャカジャカギターを弾いている。
 これはとてつもなく筋肉がないとできない芸当だ。
 あとで知るが、ヘヴィーゲージの弦でダウンストロークを高速プレイしているらしいのだった。
 鬼かよ。
 僕は部室から外に出て、中古CD屋まで行く。
 そして、ブランキージェットシティの『国境線上の蟻』というベストアルバムと、『ガソリンの揺れ方』というマキシシングルを買って戻ってくる。
「まあ、聴こうじゃないか」
 部長がそっぽを向く。
 僕は『ガソリンの揺れ方』と、カップリングの『ピンクの若いブタ』を流す。
 良い。
 そこにカケがやってくる。
「お。なに聴いてるの」
「ブランキー」
 部長は繰り返した。
「おばちゃんが歌っているような声だね」
「黙りなさい」
 僕は、
「へいへい。わかりましたよ」
 と、カケの代わりに言う。
 ジャケットを見たカケが言う。
「入れ墨だらけの屈強なひとたちなんだ……。おばちゃんじゃなかった」

 僕はこのとき、ブランキージェットシティを知り、ブランキーのラストライブとなったフジロックフェスまでカケと一緒に赴くことになる。
 だが、それはまだまだあとの話だ。
 フジロックも、七月の終わりに開催されたのだったな、と今の僕は思い出す。
 いつだって、夏は僕を狂わせる。
 このフジロックでは、リチャード・D・ジェイムスのDJプレイも運良く観ることができたが、それもまだ、先の話であり。
 そのとき、僕らはまだ高校生だった。

 ところで僕たちは有名になって最高になるはずだったのだけど。
 夢を叶えたのはカケで、僕はなにも掴めなかった。
 明るく生きる、それが総てだ、って考えは、ブランキーを聴いていたときからずっと思っている。
 小説にとっては、僕はもっと純粋になりたいし、なれない自分がよく嫌になるのも、もしかしたら、僕はロックミュージックのように文学を捉えているからかもしれない。

 僕はいつも、自分の命を揺らして、小説を書いている。
 まだ、負けではない。
 死ぬまで勝負だ。
 オッズなんて考えたら阿呆らしくなる戦いを僕はしているけど、それでも、僕は歩みを止めない、止めたくない。
 僕の戦いは続いていく。





〈次回へつづく〉
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成瀬川るるせ:語り手

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