第40話 成瀬川るるせと新世界【4】
文字数 2,051文字
僕が柳瀬尚紀さんの名前を知ったのはいつ頃だったか。
2004年の春。
僕は2月のライブを最後にバンドが解散してしまい、同居人のドラムもお見合い写真などを熱心に見るようになり僕の高井戸の部屋を去り、一人きりになって、コーゲツの紹介で南大沢にて月曜日にやっているミヤダイ先生の社会学の講義の聴講生として、大学に潜り込んでいた。
その頃の、ある日の昼間。
僕はお茶の水の駅前のファーストフード店で『突然変異幻語対談』という本を読んでいた。
書誌によれば「『文学部唯野教授』を執筆中の筒井康隆と、J・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』を翻訳中の柳瀬尚紀が、二度の長時間対談と、書き下ろし二百枚の六回にわたる往復書簡」と書いてあるが、過不足なくその内容で正しい。
この本を読んでいた。
記述されるのは、虚構、言語遊戯、パロディ、前衛性、饒舌と沈黙、物語の終焉。
要するに、ポストモダンの〈実践〉を行っている二人が語り合う、しかも油マシマシの対談本である。
僕が〈前衛文学〉を好きになったのは、高校で部活が終わった高校三年生の二学期の終わりの冬、ガッコウに行かないで水戸でフラフラしていたときに筒井康隆『文学部唯野教授』と『残像に口紅を』の二作品を読んだことによる。
高校時代の僕は、ハイデガーくらいしか哲学書は読んでいなかった。
つまり、実存主義哲学。
生きるとは、死ぬとは、っていうのを見つめる哲学だ。
哲学的には実存主義が臨界点で、その後は構造主義やポスト構造主義という、今でこそ実感出来る人はたくさんいるがゼロ年代初頭、インターネットが家庭には普及していたとは言えない時代には「なに言っているかわかりませんねぇ」と言われてしまう、なにかのカルトかと勘違いされてしまう思想が実存主義以降の哲学だった。
哲学は、現代思想となり、突き進んでいき、僕は筒井作品で知り、追うことになる。
とは言っても、日本で浅田彰がポスト構造主義のドゥルーズを広めていたのはそのときから数十年前の話である。
知っている奴は知っているが、人口に膾炙されていたとは言いがたい、それがポストモダンであった、と言えよう。
それは哲学なのだが、それを〈実作〉という〈実践〉としてつくりだし、最前線を突き進んでいたトップランカーが、筒井康隆先生であり、柳瀬尚紀先生であった。
そんな二人の対談本を、僕はお茶の水に来て読んでいた。
何故お茶の水なのか。
近くに神保町があるからか。
わからない。
なんか適当に散策するのがそのとき、好きだった、としか言いようがない。
その頃にはもう、茨城県に帰郷することも考えていた、というのもひとつにはある。
帰郷する前に、色々歩いてみたかったのだ。
茨城県の水戸には、現代アートの牙城、水戸芸術館がある。
読みながらふと思い出した僕は、東京のお茶の水から携帯電話で水戸芸術館のサイトにアクセスした。
ビンゴだった。
ジャストで読んでいた柳瀬尚紀という名前が、ジャストタイミングでサイトに載っていたのだ。
☆
ルチアーノ・ベリオ。
現代音楽家。
1925年、イタリアのインペリア県オネーリャ生まれ。
6歳から父エルネストと祖父アドルフォに音楽の手ほどきを受ける。
第2次世界大戦後、ミラノ大学の法学部に籍を置き、ミラノ音楽院でゲディーニに作曲を学んだ彼は、第2次世界大戦後の多くの作曲家と同じように、セリーの技法から創作を出発し、言葉と声の問題を掘り下げ、ウンベルト・エーコとともにソシュールの言語学を研究し、ダンテ、サングイネーティ、ジョイス、ベケットなどのテクストを自作に引用した。
……そのイタリアの作曲家、ルチアーノ・ベリオは2003年5月27日、この世を去った。
ベリオは「声」の作曲家であったと人々は言う。
説明を受けても、サブスク配信がなかった頃の僕には予想も付かなかったが、「声」の作曲家であり、ソシュール言語学を研究し、ジョイスやベケットを引用するらしいのはわかった。
その追悼の演奏会で、「ベリオが影響を受けた作家たち-- ジョイス、ベケットが描く現代の人間像 --」と題し、柳瀬尚紀さんが講演会を開くらしい。
ついでに言うと、その頃、聴講していた大学の講義は社会システム論の概論で、社会システム論は、ソシュール言語学からも影響を受け、それを取り込んでいる。
要するに、この講演会&演奏会は、僕にとって、最高なのが確定しているとしか思えなかった。
いや、「成瀬川るるせのごとき〈独学の労働者〉に理解なんてできるのかよ!」と怒るひともいるだろうしその考えは確かにそうなのだが、僕は「行くしかねぇ!」と思い、その場で水戸芸術館に電話をかけた。
繋がった。
そして、チケットを何故かゲットすることが出来た!
あの柳瀬尚紀講演会だぞ?
取れるのか、マジでか!
僕は驚いた。
同時にその場で叫び出したくなった。
そして僕は、柳瀬尚紀先生に会いに、講演会へと赴くこととなったのであった……!
〈次回へ続く〉
2004年の春。
僕は2月のライブを最後にバンドが解散してしまい、同居人のドラムもお見合い写真などを熱心に見るようになり僕の高井戸の部屋を去り、一人きりになって、コーゲツの紹介で南大沢にて月曜日にやっているミヤダイ先生の社会学の講義の聴講生として、大学に潜り込んでいた。
その頃の、ある日の昼間。
僕はお茶の水の駅前のファーストフード店で『突然変異幻語対談』という本を読んでいた。
書誌によれば「『文学部唯野教授』を執筆中の筒井康隆と、J・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』を翻訳中の柳瀬尚紀が、二度の長時間対談と、書き下ろし二百枚の六回にわたる往復書簡」と書いてあるが、過不足なくその内容で正しい。
この本を読んでいた。
記述されるのは、虚構、言語遊戯、パロディ、前衛性、饒舌と沈黙、物語の終焉。
要するに、ポストモダンの〈実践〉を行っている二人が語り合う、しかも油マシマシの対談本である。
僕が〈前衛文学〉を好きになったのは、高校で部活が終わった高校三年生の二学期の終わりの冬、ガッコウに行かないで水戸でフラフラしていたときに筒井康隆『文学部唯野教授』と『残像に口紅を』の二作品を読んだことによる。
高校時代の僕は、ハイデガーくらいしか哲学書は読んでいなかった。
つまり、実存主義哲学。
生きるとは、死ぬとは、っていうのを見つめる哲学だ。
哲学的には実存主義が臨界点で、その後は構造主義やポスト構造主義という、今でこそ実感出来る人はたくさんいるがゼロ年代初頭、インターネットが家庭には普及していたとは言えない時代には「なに言っているかわかりませんねぇ」と言われてしまう、なにかのカルトかと勘違いされてしまう思想が実存主義以降の哲学だった。
哲学は、現代思想となり、突き進んでいき、僕は筒井作品で知り、追うことになる。
とは言っても、日本で浅田彰がポスト構造主義のドゥルーズを広めていたのはそのときから数十年前の話である。
知っている奴は知っているが、人口に膾炙されていたとは言いがたい、それがポストモダンであった、と言えよう。
それは哲学なのだが、それを〈実作〉という〈実践〉としてつくりだし、最前線を突き進んでいたトップランカーが、筒井康隆先生であり、柳瀬尚紀先生であった。
そんな二人の対談本を、僕はお茶の水に来て読んでいた。
何故お茶の水なのか。
近くに神保町があるからか。
わからない。
なんか適当に散策するのがそのとき、好きだった、としか言いようがない。
その頃にはもう、茨城県に帰郷することも考えていた、というのもひとつにはある。
帰郷する前に、色々歩いてみたかったのだ。
茨城県の水戸には、現代アートの牙城、水戸芸術館がある。
読みながらふと思い出した僕は、東京のお茶の水から携帯電話で水戸芸術館のサイトにアクセスした。
ビンゴだった。
ジャストで読んでいた柳瀬尚紀という名前が、ジャストタイミングでサイトに載っていたのだ。
☆
ルチアーノ・ベリオ。
現代音楽家。
1925年、イタリアのインペリア県オネーリャ生まれ。
6歳から父エルネストと祖父アドルフォに音楽の手ほどきを受ける。
第2次世界大戦後、ミラノ大学の法学部に籍を置き、ミラノ音楽院でゲディーニに作曲を学んだ彼は、第2次世界大戦後の多くの作曲家と同じように、セリーの技法から創作を出発し、言葉と声の問題を掘り下げ、ウンベルト・エーコとともにソシュールの言語学を研究し、ダンテ、サングイネーティ、ジョイス、ベケットなどのテクストを自作に引用した。
……そのイタリアの作曲家、ルチアーノ・ベリオは2003年5月27日、この世を去った。
ベリオは「声」の作曲家であったと人々は言う。
説明を受けても、サブスク配信がなかった頃の僕には予想も付かなかったが、「声」の作曲家であり、ソシュール言語学を研究し、ジョイスやベケットを引用するらしいのはわかった。
その追悼の演奏会で、「ベリオが影響を受けた作家たち-- ジョイス、ベケットが描く現代の人間像 --」と題し、柳瀬尚紀さんが講演会を開くらしい。
ついでに言うと、その頃、聴講していた大学の講義は社会システム論の概論で、社会システム論は、ソシュール言語学からも影響を受け、それを取り込んでいる。
要するに、この講演会&演奏会は、僕にとって、最高なのが確定しているとしか思えなかった。
いや、「成瀬川るるせのごとき〈独学の労働者〉に理解なんてできるのかよ!」と怒るひともいるだろうしその考えは確かにそうなのだが、僕は「行くしかねぇ!」と思い、その場で水戸芸術館に電話をかけた。
繋がった。
そして、チケットを何故かゲットすることが出来た!
あの柳瀬尚紀講演会だぞ?
取れるのか、マジでか!
僕は驚いた。
同時にその場で叫び出したくなった。
そして僕は、柳瀬尚紀先生に会いに、講演会へと赴くこととなったのであった……!
〈次回へ続く〉