暗殺者の陰鬱

文字数 3,715文字

俺が傷の処置をしているあいだは、グレイが運転してくれ

……。

どうした?

仲間を殺しましたね。四人も
俺たちに銃を向ける者は仲間ではない。そいつらの車を奪うのに罪悪感を覚える必要もない

……。

立ち去ってもいいぞ。まだ関係を気づかれずに離脱できる

……いいえ。どこを目指しますか?

主要道は封鎖される。下の道で湾岸を目指してくれ。……くっ

……ブラボーでも被弾するのですね。

撃たれただけじゃない。ナイフもかすめた。左腕を深さ2ミリ長さ4センチで裂かれた

……。

脱いで見せてやろうか? 体中で二十年分の傷が重なり合っている

……そうですよね。二十年も戦い続けている。もうじき四十歳ですよね

年齢を数えるのはやめた

酒を飲むのもやめた。女を買うのもやめた。……あなたは人生を楽しむことをやめた

……その先にコンビニエンスストアがある。このいかついボックスカーをそこに停めてくれ。

そして後部座席で裸になってくれ

え?
おそらくあるだろう発信器を探す

……分かりました



 

下着は?
念のためだ
分かりました
……。

オーケーグレイ、服を着てくれ。

爺さんはGPSもマイクもつけなかった。ここから徒歩で移動する

ブラボーも私も、顔、声紋、背格好、歩き方のすべてが識別されます

だけども俺たちは逃げ切れる。だから歩きながら教えてくれ。あんたが俺の前に現れた理由を

……。

ジョークは抜きでだ

……行く当てはあるのですか?

コンテナハウスという名のコンテナを確保してある。シャワーはない






 

スタスタ
……。
スタスタ…


あなたとは十年以上前に会っています

私の兄をあなたは知っています

……。

……兄の名は

言うな。いま俺の脳みそでつながりだしている。

……。

……。

グレイはあの人の妹なのか?

人違(ひとちが)いしていないと信じて)


はい

妹の存在は聞かされたことはある。なによりもだ、俺はホームパーティーに招待された。

……そこにグレイはいた。きっと挨拶も交わしたはずだ

だけど覚えていなかった

申し訳ない
慣れているから平気です。あの時の私はぴちぴちギャルの二十二歳でした。それでもきっと地味顔の地味スタイルに見えたのでしょう
……。

年の離れた兄は三十二歳でした。

兄は私をかわいがってくれました。軍人だったのは知っていましたが、特殊部隊――平時でも人殺しを続けているとは知りませんでした

……。

グレイ、悪い冗談すぎるぜ。あの人の家族と知っていたら、俺の態度は違っていた

そして私を離れさせた。二度とそばに寄せ付けなかった

……。

私を守るためにですよね。地獄に落ちた兄に顔向けできないから

……いまの言葉は撤回しろ

だけど私は兄から頼まれています

撤回してくれ。あの人は天国に決まっている

意識が混濁した兄は最後に私の手を握って言いました。

『ケンジを助けてやってくれ。ケンジを守ってくれ。あいつは俺の命の恩人だ』

……撤回してくれ、頼む

……。

俺を守ってくれたのはあの人だ。俺は彼の恩人なんかじゃない

そりゃそうですよね。結局兄は死んだのですから

……。
……。
あなたの兄は天国にいる
……。

そう思い続ける人間が一人ぐらいいてもいいだろ

……そうですね

……。
……。

俺を守るとの意味は?

え? そのままですけど。

ブラボーの専属アシスタントになってサポートしまくる。私は必死に何度も志願して、ようやく認められました

英雄の妹のわがままならば、爺さんも従うしかない

そういうことです

そんなはずないだろ!

ひっ

組織が遺族に優しいなんてありえない。むしろ真逆だ。……あんたは噓を並べている。あの人の妹なんて大嘘だ。

お前は誰だ? 何者だ?

ど、怒鳴らないでください。……私のことを忘れているのですから証拠などないですけどね。でも、いま一緒に歩いていること自体が

……覚えている。でも認められない。認めたくないんだ

えっ?

あんたは何ひとつ嘘をついてない……。


あんたは黒髪を結んで眼鏡をかけていた。シャンパングラスをトレイで庭へと運んで、盛大にコケて落として割った

……。

バーベキューの件は思い出してないですよね?

あの人の妹が着火剤代わりにガソリンを使って火祭りを開催したことか?

顔は忘れてもそっちを忘れるはずない

……。
……あなたの目は彼によく似ている。いまさら気づけた

……そりゃ兄妹ですもの

そうだとしても、オフィサーがあなたを特別待遇した理由が他にあるはずだ…………肥溜どもが来やがった

! オスプレイ……しかも三機

グレイとお別れの時間だな。狙われているのは俺だけだ

サポートしますよ。まだ何もあなたの力になっていない

自分で予測しただろ。あの人の妹と知ったら二度と近づけないとな

……まあ、そうですけど、状況によっては臨機応変フレキシブルに

俺でも、最先端の器具でガチガチにかためた連中をまとめて相手できるはずない。まして奴らは民間人の巻き添えを厭わない

……。

だから逃げる。俺一人ならば逃げ切れる

……私には家族がいます。これも噓ではありません。だけども――

あなたは前線が似合わない。これも嘘でなかった

……。

グレイありがとうな。楽しかったぜ

……。

そう。あんたは最高に愉快なパートナーだった

…………。








 

包囲されたか。……くそったれ、ここまでか
投降しようかな。これ以上人を殺したくない
俺は殺戮の機械なんかじゃない。そうだよな、みんな。……チームのみんなに笑われちまうな。最後まで戦ってやる

みんなは天国だから二度と会えないけどな。どうせ俺だけ地獄だ

兄が天国にいるならば、ブラボーだって天国ですよ

グレイ……どうしてここに

私は存在を消せる地味顔のグレイです。一般人よりもモブになれます。戦場であってもです

……頼む。逃げてくれ。……いや、もう間に合わない

あきらめるな!

兄ならばそう怒鳴りませんでした?

……。

一緒に逃げますよ。そしたらホームパーティーに招待します。四歳の娘はかわいくて頑張り屋さんで、主人は太ってきて毛も薄くなったけど、人を家に呼ぶのが大好きだったです
……。

だから死なないでください。大好きだった兄との約束を果たすため組織に加わり、ようやくあなたに会えたのですから

……分かった。生き延びよう
はい

強行突破だ。銃弾もグレネードも俺たちには当たらない。そう祈って走れ

明日に向かって撃て、みたいですね

あれは二人とも死んで終わった。……状況はそっくりだけどな

でもブラボーは死なない

そうだ。チームブラボーは二人になろうと不滅だ……ゴー!

私こそ! 絶対に! 死ねない!!!


どけどけぇ!

Fire!

Fire!

Fire…

 
 












 

ブラボーは廃墟となったビルにわざわざ逃げ込んだようです。……グレイは後を追った

……。
あなたは警察と消防を巻き込んだ。でも間に合わなかった
……。

ブラボーの死骸はビル内で……グレイの骸は1ブロック隣の路上で発見されたそうです

……そうか

彼女の夫は前線から戻って廃人(ジャンキー)となり、一人娘は大病を患っている

……。

そんな状況下でも、彼女の望みは兄の遺言を遂げること。

それを聞き入れたことが、果たして正解だったのでしょうか? そりゃ彼女は前線に出て高額な手当てを手にする必要があった。それは間違いないとしても、温情が仇になったのでは?

……。
……。

……。

私はあなたに聞いていますが

……非情で無様な私が言えることは、この稼業に正解などない
……。

ほとぼりが冷めたら墓参りさせてもらうさ

……。











 








 

兄さん、約束を守れなくてごめんね。私だけ生き延びて、また組織に守られた

……。
私は死んだことになっている。でも叛逆者扱いだから退職金はなし。オフィサーの裏金(寸志)で生活してきたけど……明日からどうしよう
なんて心配事は何もないからね。病気と闘う娘のためにスマイル、PTSDから立ち直ろうとしている旦那のためにもスマイルスマイル
不屈なうえに不死身か。素晴らしいソルジャーだ

あんたも生きていたなんてな。あの爺さんは世界遺産に登録すべき食わせ物だ

ブラボー!

俺はそんな名前じゃない。ケンジでもなくなったよ

……兄の墓参りに来てくれたのですね

それとグレイのな。まさか昼間から幽霊と出会えるとは思わなかった

それは私もですよ、グズッ

泣くな

……。

あんたは俺なんかのために泣いてはいけない

……。
あんたの本当のご主人と娘を調べた。きつい境遇のうえに、妻であり母である人が死んじまった。

……俺はそう思っていた

……。
だから二人にプレゼントを贈ってしまった
えっ?

二人を支援するそれぞれの団体が莫大な寄付を授かった。二人を充分すぎるほど支援することを条件にな。(ハード)人の力(ソフト)、両方でだ。

……大丈夫だ。二人ともきっと元気になる

……私は泣かないですよ。でもお礼を言わせてください。ありがとうブラボー
……。
約束したとおり、いつか我が家に招待します。……いつの日か必ず
……そうだな。ありがとう
……。

今は何をやっているのですか?

何も。

あんたと同じで死んだ身だからな、貯蓄が尽きたら遊園地のお化け屋敷でバイトさせてもらうさ

ははははは

素敵な笑顔だ。全然地味じゃない。……救われたよ。じゃあなグレイ

さようならブラボー

きゃあ、ブラジャーがむき出しに!

ははは

陰鬱な空に陽は差し込み、感情を失った殺戮マシーンが心を取り戻したところで完

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