シン・二人で幾つか試練
文字数 3,838文字
A 台風の近づいた海を眺めにいく
B 終点まで乗り過ごす
C スマホを捨てて公衆電話で生活する
D とまった目覚まし時計で起きる
E 公園でおままごとする
美帆はかわいい。しかも地味に結んだ黒髪をほどき眼鏡をはずせば、しとやかな美女に見た目だけ化す。
僕に危機感ないままなのに、美帆が言うには、『北極海の氷河みたい』に二人の間に亀裂が走りだしたそうだ。二人の関係は、じきに溶けてなくなるらしい。
それに立ち向かうためには、『水に飛び込むジェットコースターにハーネスをはずして先頭に乗るぐらい刺激的な行為』が必要とのこと。で、美帆の脳裏に浮かんだエキセントリックなアトラクションが、上記のA~Eだ。僕たちはここから三つ選んで実践しないといけないらしい。
美帆には風変わりなところがある。共通の友人の言葉を借りると、『変人でめちゃ頭よくてかなりかわいくて、一言で表すならば、ありえねえぐらいすげー変』。
美帆は変人だろうと、それさえ魅力だ。だから一緒に過ごしているわけだし、これからも一緒にいたい。遠い田舎へ帰らせる訳にはいかない。
彼女は頑固なほどに真面目だ。だから僕も真剣に答える。
それが蒼くんの個性だから、そのつまらなさを私は好きだよ。でも、じきに辛くなるかも。
……休日限定って言葉が面白いから、これはこれでいいや。残りは二つだね。私はEのおままごとにする。
あとひとつ。さあ蒼くんは、毎朝毎晩乗り過ごすか、とまった時計で朝を迎えるのどちらを選ぶでしょうか?
そして彼女は出ていってしまった。
僕は彼女を迎えに、路線の端から端まで乗らないといけないのかな。どこかの公衆電話で彼女を探すのかな。そして公園でおままごと。
面倒くせーほど変な女。でもかわいい。自慢できるほどきれい。一緒にいて楽しい。心が休まる。離れたくない。美帆の荷物は部屋にそのままだし、つまらない男は変人の思いつきに従うべきだ。まだまだ二人の氷河が溶けだすはずない。温暖化に立ち向かう。
そうは言っても様々な意味で心配だ。
それだと死ぬかもしれないけど、それくらいの覚悟で探せという意味だろう。モトカノとよりを戻すためには。
でも……この悪ふざけに意味があるのと聞きたくなる。君はいつも以上にテンション高すぎで、まるで終わらせないための試練じゃなくて……。
土曜日の朝。近所の公園の電話ボックス。
モトカレの部屋に歯ブラシも下着も置いたままのモトカノがそこにいたら、おままごとをしたあとに終着駅まで乗り過ごすだけだ。さすがに甘くはなかった。
なので僕は安全器具なしで電車の旅をしないとならない。スマホは部屋に置いてきた。美帆との約束だからルールは守る。
とりあえず最寄りの私鉄の終点である新宿駅から始めてみる。ホームにも改札にも美帆は見当たらない。
“郊外の終着駅で運命的な出会いが待っていたりして?”
“それ面白いかも”
はるか遠い終点を目指そう。遠く離れようが再び巡りあえる二人。
愚直な僕は、江の島へと電車で向かった。駅周辺のカフェとかで、かなり真剣に美帆を探す。コンビニ脇に公衆電話を発見。彼女への電話はつながらない。
遠く離れようが再び巡りあえる。それは想像以上に困難だから、やっぱり二人は離れてはいけない。
季節外れの海水浴場。美帆がいるはずない。一人で眺めたりして。……部屋に戻ったら彼女の荷物がなくなっていたりして。僕は贅沢にもロマンスカーでとんぼ返りする。
十五時前に帰宅する。僕には心地よく窮屈な部屋。美帆の私物はそのままで、充電したままのスマホに彼女からの着信があった。
僕は返事しない。
コンビニのレジ袋に夕食を入れて、暗くなりだした道を二人並んで歩く。
踏ん切るための最後の試練。それを済ませたら、君は思い残すことがなくなるかもね。
そんなの声にするはずなく、僕は首を横に振る。
君が真剣に生活してないから。僕に依存しているから。そんな日々に、優秀で可能性だらけの君は耐えられないから。でも夢を追わないで。つまらなくても僕といてほしい。
そんな言葉こそ、僕は口にださない。ままごとをまだまだ続けたいから、僕が気づいていることに気づかせない。
彼女は僕の背中をぱんと叩く。
この関係よいつまでも続け。二人は並んで歩く。
二人が共有する試練はこれから始まりだって。
眼鏡の美帆は返事をしない。並んでアパートへと歩くだけ。……きっと、彼女の故郷への電車でも並んで座っているはず。北極の氷が溶けきるはずないし、よった糸がほどけるはずない。そうに決まっている。
外伝04完