暗殺者の鬱屈

文字数 2,368文字

コードネーム『ブラボー』だな?

私がコンタクトを担当する

……。
……この言い回しは好きではないが、いわゆるエージェントだ。よろしく頼む
……。
…………。

コミックの主人公みたいだな。クライアント代理人に対する不躾な態度は、仕事に対する意識の表れと好意的に受け取ろう。

今回のミッションの説明だが口頭で済ます。よろしいか?

……。
……やれやれ。

とはいってもシンプルな話だ。我が国に――いや全世界に不都合な人物を一人だけ消してもらいたい。やり方に要望はない。暗殺とばれようが我々が裏で糸を引いているのが見え見えだろうが知ったことじゃない。

どんな手段を用いろうと、この男の息の根をとめてくれ。

パラッ

 
……彼は石丸鎌2郎

車窓から世界を見てきた男。土曜の朝を爽やかに届ける男。ちむどんどんにも出演していた……

さすがだな。しかしそれは表の顔だ。

こいつの正体は異世界の地獄の底からやってきた魔族の第二皇子『ミ・エハル』だ。地球を暗黒支配するためのその尖兵だ

……。
ギャンブル依存症のダメ人間は演技だ。実際のミ・エハルは、マッハ2.2で空を飛び、核ミサイルの直撃に耐え、島ひとつを消し去るレーザービームを口から発射できる
…………。
いままでに151人の刺客を返り討ちしてきた。さらにはチャンネル登録者が全世界で八十八億人。再生回数は二兆回を越えるモンスターだ
……。

……。

……断っていいか?

もちろん本人の意思を尊重する――が、楽しくない人生が待っているだろうな

おっと銃を向けないでくれ。私を殺したところで何も変わらない

……。
報酬はいつもの倍額払う。さらにはペイペイのポイント還元率を期間限定で5%にしよう
それで心が揺れると思うか?
そうそう。オフィサーから言葉を預かっている。

『君の過去ならば覚えている』

どんな意味であるかは、もちろん私は知らない

……あの爺さんはまだ一線に口出しするのか。

『棺桶まで口をつぐんでいろ』

そう伝えてくれ

協力してくれる。そう解釈していいのだな?
だとしても俺一人じゃ無理だ。あんたらの組織から有能なスタッフをリースしてくれ
分かった。すこぶる優秀なのを紹介しよう
始めまして。地味顔で『グレイ』と呼ばれています
……。
彼女とはたまたまそこで出会っただけだ。連れてきたわけでも押しつけたわけでもない。なので何があっても私の責任に発展しない。

では二人で頑張ってくれ。朗報を待っているよ。じゃあな

……。
……。
……偶然そこにいたらしいが事実か?

は、はい。たまたまそこで接触しました

……。
……。
……。

……。

……私は女性で前線(フロントライン)を経験している数少ない一人です。

特技を聞いていただけますか?

……。
……。
……。
……特技を聞いていただけますか?

話を逸らしたいわけじゃありません

……。
…………。
……いい天気ですね
……。
…………。
……特技は?
!!!

え、えーと……ハニートラップです

………………。
お、思いつきではないですよ
……。

……。

……。

……脱いでみましょうか?

ああ、確認したい

……。
……。
……。

もっと脱ぐべきでしょうか?

…………。
……。

……。

……。

…………。
……。
召集があると思わず、かわいいのをつけてきました
……。
…………さらに脱
……グレイ、服を着てくれ。

ミ・エハルについて知っていることを教えてほしい

先ほどの上司が言ったことがすべてです。……彼は年下ですが出世で追い越されました。
……暗殺の機会。場所と時間に目星はあるのか?
……。
……。
……!
私は子どもの頃に通信講座でタロット占いを習得しました。

あなたの進むべき道を占ってみましょう

……。
パラッパラッ…


正位置の『死神』

逆位置の『塔』

逆位置の『吊るされた男』


が出てしまいました……

……。
これはきっとミ・エハルの運命でしょう。

あなたが、『死神に魅入られて、その屍を塔から逆さに吊るされる』を意味しているではありません


……たぶん

…………。
……。
……シンプルにいこう。あんたのお得意であるハニートラップで石丸鎌2郎を誘いだしてくれ。

ホテルでよろしくやっているところを、背後から始末する

……。

私には夫も子供もいます。なので、トラップは『手をつなぐ』までがやっとです

……。
……。
……率直に言って、手をつなぐだけで落とせるほどあんたは魅力的ではない。

脱いでようやく、『地味系三十代半ばで子持ちの貧乳』という嗜好が合えばどうかというところだ

……。
……。
……あなたはどうですか?
ブラボーと呼んでくれ
はい。

……ブラボーはどうですか?

俺の嗜好にあんたがか?
はい
……。

……。

……悪くはない

そうですか。

でも私には夫がいます

聞いているし、人の家庭を壊したくなるほど――理性を狂わせるほどピンポイントではない。むしろ離れている。ぎり許容だ
……。
……。
……。

ちなみに夫とは職場結婚です

……。
……。
……だから?
ビジネスのパートナーとしての距離を縮めるために、プライベートで伝えられる情報を明かしただけです。

数百人が働くオフィスで選ばれたことを匂わしたわけではありません

……。

あんたは真面目そうだからな。こんな仕事より家庭にいるのが似合――

グレイと呼んでください
……。
……。
……。

オーケー、グレイ。

詮索はやめにして、ビジネスに専念しよう

はい、私たちはうまくいきそうですね。予感がします
……。
……今後のスケジュールは?
まずは情報収集だ。表の顔である『石丸鎌2郎』を探ってくれ。俺は『ミ・エハル』を暴く
表の調査はたやすいですが……裏に近づくのは危険では?
……俺はブラボーだ

……そうでしたね。


それでは、いつまでに?

曖昧なことしか言えないが、次回までにだ。

ひと月以上先だろうが、二か月は開かないだろう

分かりましたブラボー。それまでに石丸鎌2郎を裸にしてみせます
グレイ任せたぞ。

しばらくお別れだ

感情を失った殺戮マシーンが心を取り戻すまで残り五話。
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