今宵も狩りの刻

文字数 2,187文字

……。
……。
…………。
どれかご所望ですか?
ビクッ
……?
……。
……貴様は、こっちの世界の人間だな
お前は妖魔だろ。いつから店主に乗り移った?
はは、憑りついたとでも? この俺が?

この姿の人間ならば、喰い殺したに決まっているだろ

どっちにしろ成敗だ
お前が? 私を?
だったらお前も食ってやる。……見れば見るほどうまそうだ。犯しながら耳朶から喰おう。首から血をすすろう
……。
……。
夜の闇が待ち遠しい
……。
 あきらめのよい魔物だこと
でも志乃の魅力に囚われましたね
弱くはなさげでした。逃げ足が速いのは多少は知恵があるから。……新月に襲われたら勝てないかも
そう? だったら今のうちに倒しておきましょう
わ、私の妻を……奴隷を……
おのれ……
なんだ。これくらいで戻ってくるなんて、やっぱ低脳だったね
貴様の棲み処は地の底だろ。我が剣が送り届けてやる
ぐえっ
 
……。
……さすが師匠っすね。でも、とどめを刺さなかった意図はなんですか?
……刺せなかった
え?
ついに私の力が衰えてきたようですね
……。
自分の身は自分で守る。

志乃はその覚悟を持つときが来ました。

無理です! まだ無理! 永遠に無理! ずっと師匠に追いつけるはずないです!
だったら私と共倒れですね
……。
さきほどの妖魔は消滅せずとも深手は負わせました。数十年は地上に戻れないでしょう。その頃には恨みある私も、さすがに生きていないでしょう
師匠は百歳まで生きそうな予感がしますけど……
あなたの霊感はあてになりません。行きましょう
え?
どうしました?
……ちらっ
気づかれないのですか?
まだ何かが潜んでいるとでも?

志乃の霊感はあてになりません。スタスタスタ

……。

チラッ

……。

師匠、待ってください!






 









 

……。

見逃されるなんて思ってないだろうな? 臆病者の相手をしに戻ってきてやったぜ

 
正体を現せ
殺されるため、わざわざ夜に訪ねたか
……。
私はお前の精気に惹かれない。私はそんな下等なものを口にしない
お化けと会話したくねーし。その姿のまま切り刻んでやろうか?
だったら私の眷属と戦え
……。
……。
こいつは私との契約が完了して人ではなくなった。十年たっぷり色欲に溺れられたのだから後悔はないよな?
もちろんです
だが私は慈悲深い。これから先を永遠に我がしもべとして過ごすのだから、特別にこの女を好きにさせてやる
寛大な心。ありがたき幸せ
……醜い姿に堕ちたな。業が深い証拠だ
私が人であった時に誰であったか、どんな快楽に溺れられたか、なにも覚えていない。我が主に魂を捧げた今だけが存在している。

だけど人でなくなったから分かることもある。お前はきっと美味だ。

お前もうるさいな。黙らせてやる
成敗だ!
ひっ
あああ……
 
ためらいもなく、人であったものを地の底に送り込んだな。慈悲なき行為。神を冒涜する所業。
知らないのか? 私たちはそれが許されている。そして貴様らは無慈悲も冒涜も許されない。
ゆえに私を狩るというのか。――弱き人よ、ならば戦おう。敗れれば私の眷属となる。その契約のもとで戦おう
貴様が敗れたら羽虫にもなれずに消滅する。その契約のもとで相手してやる
小刀でなく、この剣でな
 
 
ほおお……剣の所有を許されていたのか。だが輝きが弱い。私の光をかき消せるか?
ひっ
…マズイカモ
契約に基づき、今宵もまた人を狩る
ひゃあ
私の本当の姿は気に入ってもらえたかな?

お前の精気はひと(すす)りもしないから案ずるな。下僕とするために私の精を授けるだけだ。

……輝け。

輝け、輝け、輝け!

年老いた狩りの者は現れないぞ。この血の色の光は、お前らが言う結界だ。外には何も届かない。
輝けよ! 照らせよ! 邪を祓え!
殺されるではないのだから、あきらめて剣を降ろせ。お前のなかに私の精をたっぷりと注いであげよう。……あの老いた女は地の底に送るがな
……師匠を?
ああ。あの狩りの者は私の面前で息子を傷つけた。報いを与えないとならない。我が下僕となったお前と殺し合いをさせてやる。ははは……
……師匠は誰よりもやさしい。私なんかと戦わない。
ならばお前に殺される
師匠には百歳まで生きてもらう。


私に守るべきものを与えたな。お前は終わりだ

戯言をいうな。現実を教えてや――
成敗する
ひ、ひいいい
闇を照らす青白き光。跡形もなく消え去るがいい
あああ……






 

ただのフィギアに戻れたね。もう人を狩る手助けはさせられないよ
 




 

わーいわーい
きゃっきゃっ
…クスクス
志乃、聞いていますか?
は、はい
……。

また私にも感じられない存在に気を取られていましたね

……はい。妖精の兄弟がいました
……まわりの大人は誰も信じない。辛い時間を過ごしたでしょうね。
……。
不幸にもあなたの忌むべき資質は、私よりはるかにあります。……つまり、私より邪を祓う力があるはずですけどね
……。
あなたがいつになっても異形に怯えるだけでは、私は隠居できません
守るものがあれば、私は強くなれます
……きっぱりと言いましたね。その言葉を信じましょう。じきに独り立ちしてもらいます
えー、駄目ですよ。いつまでも一緒にいますよ
だって師匠を介護するの私以外にいないです。クスクス
……素敵な笑顔ね。それまで生き続けたいのならば、しっかりと鍛錬しなさい。狩りが終わることはないのですから
……。
私は今夜はもう寝ます。じきに介護が必要なお婆さんらしいから
……おやすみなさい


闇を照らす祓いの者と、その狩りを継ぐ者の物語。

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