不如帰旧道
文字数 2,045文字
梅雨前線は停滞中で、夜になっても窓を殴りつけてくる。白い軽自動車のワイパーはフル稼働だ。
助手席の妻がスマホの情報を棒読みする。
ここは妻の故郷だ。僕たちは法事の帰り道で、すでに二十一時過ぎ。二人とも明日から普通に仕事。
二十二時を過ぎてしまった。雨は強まったり弱まったり。
妻は渋滞で立ちどまるより、行き当たりばったりを選ぶ性質 だ。優柔不断な僕はちょっとだけ躊躇して、白い軽自動車は右車線に割り込む。
未舗装があったり、沢みたいになっている場所があったりで運転に緊張しまくる。幸いにも対向車とすれ違わないが、僕たちしかこの山にいないからだろう。
雨はやんだ。代わりに濃い霧に包まれていく。引き返したい。ひさしぶりに脇に待避所があったので停車する。
妻は笑うけど、僕もスマホで検索する。
それは霧の向こうに突然現れた。コンクリートでドーム状に築かれた、すれ違いできない一本道へのエントランス。灯りは当然なく、二百六十メートル向こうの出口も見えない。虚ろな穴の上に嵌めこまれた金属製の扁額には『文目隧道』の文字。
たしかにスポットらしいけど。車を叩く音? 女性の泣き声? 追いかけてくる人? ……幽霊車はネタだろ。
マイクロバスが身動きできなくなりそうな暗黒空間へと、白い軽自動車はゆっくり進む。同時に屋根を盛大に叩かれる。
ぱんぱんぱぱんぱんぱぱん
染み出た地下水というか雨水が滝の出来損ないほどに降ってくる。軽自動車のペコペコした板金を太鼓の達人みたいにリズムよく叩く。まぎれて聞こえてきた。
マジですか。出口から明かりがふたつ近づいてきた。
道を譲るために狭いスペースへ車を寄せる。お経と頭上のドラムのなかで対向車を待つ――ライトが近づかない。
妻へと顔を向ける。
助手席の窓から人が覗いていた。
きゃああああああ……
妻がまた笑う。
森林管理事務所の人が親切にも車から降りて教えてくれた。おかげで僕は、妻が悲鳴を上げるほどに絶叫してしまった。
職員さんたちから怒られたうえに、
散々に脅される。一分ほど下るとターンできるスペースがあるというので、そこまで進むことにする。
それらしきにたどり着いたところで、前方の霧がかすかに照らされた。でもここだと労せずしてすれ違える。ナイスタイミング……。
白い軽自動車は乱暴に切り返す。白いのに暗い霧の中を登り返す。
泣き声みたいで、手肌をさすられるように気色悪い。
おしまい