ドン・キホーテを継ぐ者―MIE―(後)

文字数 3,110文字




 

センリ新町にようこそ。みごとな変装だが残念だったな、青
 背後から声かけられる。
ヨド川を難なく突破したのはさすがだけど、ここまでみたいね
 女の声も続く。安全装置をはずす音もした。
オーガキ市長の手下か?
 俺は両手を上げながら尋ねる。
このニュータウンの平均年齢は八十五歳を越えている
ふふふ、嘘よ。つまり私たちはあなたの質問に答えるつもりはない。

抵抗はやめてね、痛い目に遭わせたくない

……。
 俺は手錠をかけられて軽トラックの荷台に乗せられる。
ザバーン!
目を覚ませ
は!
 手荒く起こされる。快適な運転で熟睡してしまった。
……。
ここは……
 俺は感づく。鳥の鳴き声、林をそよぐ風……、バケツで顔にかけられた水はおいしかった。つまり、ここはロッコー山だ。すなわち俺を拉致したものはコーヴェ……。
おゆるしください、埋めないでください
 俺は器用にも後ろ手に縛られたまま土下座する。
なにかの勘違いです。私は真面目で純朴な堅気です
 反社にさらわれる覚えはない。

その行為は推奨されていない。頭を上げろ。

この地が分かるとはたいした奴だが、我々も健全だ

 年老いた男の声がした。
そしてミエの力になりたいと思っています

 老女の声もした。


 俺は顔を上げる。その二人は白い玉を首に連ねていた。……なるほど。

やはりコーヴェのものだな。シマとウワジマの元締めである真珠屋だ

観察眼は認めてやろう。だが正体まで認める前に尋ねたいことがある。



佳作の発表が復活した。お前の手腕によるものか?







 近隣のゴルフ場から絶叫が響く。老人たちは気にもしない。



 佳作の復活は、オーガキ市長が中央経由で圧力をかけたからだ。俺は何もしていない。だとしても。

たしかに俺の手柄だ

 俺は嘘を告げる。



 沈黙が漂う。心拍数が上がる。


 老女が言う。

私たちの究極の望みは、応募作品すべてへの寸評


あなたなら、それも認めさせられるかしら

(それは市長も執拗に迫った)
“馬鹿にした作品(糞まみれ)がある。あれだけには、どんなコメントも残したくない”
 彼らは(かたく)なに受け入れなかったと聞く。
難題だな
 俺は平然を装う。
……。
だがコーヴェアマガサキを抑えられる程度には、可能性はある
なんだとおら
しばくぞこら
 俺の言葉に取り巻きたちが気色ばむ。

落ち着け。


お前はアマガサキの黒幕の正体を知っているか? 知っていてその言葉を吐くのか?

その慌てようで気づいた。幼女ぽい何かだな。何度でも蘇る妖魔。

だが俺は奴を二度も倒している

分かりました。協力しましょう。


『違法だけど合法のふりをしたロリの真似』とのタイマンをセッティングします。

場所はニシノミヤの野球場。日にちは今日。ナイターです

…………。
ふふふ……

僕こそ待っていたよ、青

 コーヴェからの果たし状を、幼女ぽい何かは二つ返事で受け入れたらしい。非常にまずいことになった。三種の神器を探さないとならないが、奴は同じ攻撃を二度受けない。生き延びているヴーや珍月だと力にならない。


 近所のおばさんと特養ホームのお爺さん昭和の小学生……。いずれもミステリアスだがロングヘアーとツンデレではない。

タカラヅカ過激団に協力を要請した。あいにくショートヘアしかいないが、それでもツンデレを貸してくれる
よろしくお願いなー♪
アニマル王国(旧花鳥園)のワタボウシタマリンは、ブサかわいくてロングヘアー。それもレンタルしましょう
ヨロシクネ
(さすがはコーヴェだ。これで神器がそろった。タイマンではなくなったが仕方ない。勝者こそ正義だ)




 夜が訪れた。

キャー!
 アルプススタンドが瓦解していく。幼女ぽい何かめ、力を誇示するために高校球児の聖地を破壊するとは。ワタボウシタマリンが怖がって逃げてしまったではないか。
ぎゃー
ひえー
うわあああ♪
 なんてことだ。過激団のショートヘアがツンデレ不足で、近所のおばさん認知症爺さんがミステリアス不足で倒された。宿の浴衣足跡ブランドの半纏を残してだ。
お兄さん、機会だよ。それで二塁ベースを隠して

 昭和の少年が叫んだ。


 俺は言われるままにする。

五時はとっくに過ぎている。さあ出ておいでよ
 
 
 
 
 少年の声とともに一塁と三塁に透明ランナーが現れる。実体化していく。
一塁走者はツンデレ、三塁走者はロングヘアーだ!
ぐわあ!
 入れ替わるように、幼女ぽい何かが透明化していく。
昭和の少年よ、とどめを刺せ。さすれば君は成仏できるかも
 俺は根拠なきを口にする。
うん。サヨナラ手打ちホームラン!
ぎゃああ……
 

 少年が三角ベースを一周する。本塁上で笑いながら、その体が消えていく。

 気づけば『違法だけど合法のふりをしたロリの真似』も消滅していた。

ビワ湖の平和な湖面を見習いなさい
 後ろ盾を失ったオーガキ市は撤退し、ミエ県知事は解放された。そして仲裁を買ってでたシガ県知事が、ナラとワカヤマに停戦ラインを認めさせた。ミエの領土は随分と減ってしまったが、餓狼のごとき連中を相手に滅亡しなかったのだからよしとしよう。
文章が二千字をオーバーしたのも仕方ないわね。寸評は期待できなさそうだけど
 ミエ県知事が笑う。彼女の二つ名は『胸もとに隙がある服装で園児たちの世話をする、父親受けする保育士さん』だ。
投稿そのものを諦めたよ。まさにその日に、やけに目立つ作品とネタの被りが発覚したからね
こんなくだらないのを性懲りもなく出すなという神の思し召しよ。お気に入り登録のないチャットで発表するのが関の山の作品だったのよ
たしかに内容的に不謹慎だろうしな
……不謹慎ですか? ふふ
……。
……。
あなたのおかげでミエは生き延びた。県民を代表して私がお礼をする。

ここの知事室にもシャワールームがあるわ

……。

夜になったらお邪魔するよ。明るいうちに立ち寄りたいところがある

 俺はそう言って彼女と別れる。





 一人で向かった先はアイチ領となってしまったスパーランドだった。

あなたの地位は剥奪された。あなたはもう上級ギフ県民ではない
 観覧車のなかで、変装したオーガキ市長に教えられる。
俺には不要だった。でもみんなを復活させるのだけは頼むよ
 生き返った奴らは俺にも謝意を示してくれる。
“べ、べつに頼んだわけじゃないからね!”
 とりわけJKの刺殺溶解は熱烈に感謝してくれた。
“サ、サービスなんだよ”

 若さをぶつけてくれた。

若い奴を優先しよう。女子高生とか

そうね。まず中学生男子を復活させるわ。


あなたはやさしい男ね。悲惨な戦いを繰り返しても、それが消えることはない

すり減る一方さ。だから慰めが欲しい
 俺の言葉を最後に、しばらく沈黙が流れる。観覧車は頂点に近づいていく。市長は景色でなく俺を見つめていた。
ただの一兵卒に戻るけど、あなたにはそれが似合う
 市長がサングラスとつけ髭をはずす。
あなたにはまたオーガキ市のために働いてもらいたい。

……その件を今夜話し合いたい。市長室で。二人きりで

急すぎだよ。


俺なりに今後を決めてから会おう。二人きりで。市長室で

 それを聞き市長が微笑む。俺は海へと流れるキソ三川を眺める……。

 ヴー母娘はトクヤマダムに戻っただろうか。俺を待っているかもしれないが、しばらく会うつもりはない――次の戦いが始まるまでは。つまり、どうせまたすぐに顔を突き合わせるってことだ。

……。

 遠く離れた山の雫が川となり、イセ湾でひとつになる。それなのに人間は認めあおうとしない。無益な戦いを繰り返すだけだ。

 そして俺は戦いでしか生きていけない人間だ。哀しいけど、これからも見栄を張らずに生きていこう。

オチがそれ? ちょっと苦しいね
? …フフ

 青空から三角ベース少年の笑い声が聞こえた気がした。


        完

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