達人の教え~著作権意識過剰バージョン~
文字数 2,127文字
梅雨の谷間。朝早くにバードウォッチングへ赴く。
私は定年を迎えてからの素人だ。専門器具を揃えた先達の邪魔をせぬようにと心掛けている。というのも、私は静かな環境で集中すると放屁する癖があり、彼らの高感度の集音機に捉えられてしまうからだ。
そんな会話が聞こえてきそうなので、離れた穴場を探す。
いくらでも放屁できる場所を見つけたが、鳥の声はカラスとドバトだけになってしまった。峠を越えて、どこぞの集落の山寺まで下りてしまったようだ。ツーリングのバイクが放屁よりうるさい。
本堂の階段に腰かけて休もうとすると、中で男が一人座禅を組んでいた。
白い道着と紺色の袴。初老の男からは達人の空気が漂う。
失礼と思いながらも声をかけてしまう。プス
男が目を開ける。
男に誘われるままに、私は靴を脱ぐ。ひんやりとした心地よい空間。彼はポットからお茶を注いでくれた。
紙コップを受けとりながら尋ねる。男は白髪を総髪にしており、僧侶には見えない。
部長の詩吟を思いだして胃もたれしてきた。
すべて言わなくて結構です。
風林火山ですね。志半ばで倒れた戦国武将の旗。
それと誤解を招きかねないので言っておきますが、それは歌詞でなく孫子の兵法、古典からの引用です。さきほどの作詞家だって違います。ギャグのつもりでも許されないこともあるのでお気を付けください。
……静寂だ。ご本尊であろう不動明王が二人を見おろしている。
プス
青春を彩った名曲が脳裏に流れだした。著作権は問題ない。
この達人は中学校の国語教師だったのかもしれない。
男は微笑みながら頷いたあとに。
男はお茶をすする。 プス
男がふいに厳しい顔で立ちあがる。
唐突な話に十三秒しか経てないのに放屁してしまった。しかし、達人の立ち振る舞いを見れば嘘偽りでないことは分かる。この男は何十年に渡り、日本の平和を守ってきたのだろう。
男が本堂から出る。
本尊の不動明王が括目した気がした。
プス
遠くでカッコウが鳴いている。近くでカラスとドバトが騒いでいる。
石段を複数人が上る気配。
悪の一味が中庭で横に並ぶ。
六天のうち五天が瞬殺された。プス
達人が武田節の神髄を言い残し立ち去る。ではなく、甲陽軍鑑からの引用を言い残し立ち去る。
私は天婦羅づくしに胃もたれを感じながら、放屁を我慢して見送る。