第4章  見知らぬ世界 – 知っている男

文字数 543文字

                 知っている男


 次から次へと向かってくる車が、見事に俺を素通りしていく。

 もしそんなのが見える奴がいたとしたら、きっと腰を抜かすに決まっている。

 だけど実際、俺は痛くも痒くもなかったんだ。

 ――これっていったい、何事なんだ?

 未だそんな答えは出ていない。

 ただ少なくとも、ここは俺の記憶にもある土地だった。

 さっきの渋谷なんかとは違って、見覚えのある風景がまだ少しは残っている。

 俺はあの時、道玄坂のてっぺんに立って、今からどうすべきかをじっくりと考えた。

 そして見回せば、道路に溢れ返った乗用車は、何とも丸っこくって奇妙な形だ。

 窮屈そうだし、あんな地面すれすれに走って怖くないんだろうか? 

 そんなことを考えていたら、とても電車に乗ろうなんて気にはなれなかった。

 それ以前に、そもそも乗れるのかだって怪しいものだ。

 だから先ずは、どうやら許されているらしい歩くってことで、俺は家まで帰り着こうと心に決めた。

 どんなに景色が変わっていても、道だけはそう変わりがない。

 たまに道幅が大きくなっていたり、あった筈の脇道にビルが建っていたりしたが、こうなってしまえば無視できるくらいに些細なことだ。

 だからとにかく、俺はただただ知っている道だけを歩き続けた。
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