第5章  探求 - 江戸聡子(さとこ)(5)

文字数 1,199文字

              江戸聡子(さとこ)(5)


「もう! また瞬がおかしくなっちゃったかと思って、本当にヒヤヒヤしてたんだからね!」 
 そうかと言って、気軽に声を掛けていいかどうかも分からない。一点を見つめたまま押し黙って、時折、眉間に皺を寄せて難しそうな顔をする。やがて「ふうっ」と大きく息を吐いて、ようやく未来に向かって言葉を掛けた。
「みんな、消えちゃったよ……ここには、もう誰も残っていない……」
 ボソッと呟くようなその声に、未来はすぐさま抗議の声を上げたのだった。 
 江戸聡子が消え失せた後、伊藤課長や後藤さんだけでなく、防護服姿も同様にみんなどこかへ消え去った。
「きっと江戸さんの強烈な後悔なんだ。もう1度やり直したいという思いが強過ぎてさ、ここで死んだ人たちの無念や心残りも巻き込んじゃって、いつの間にかこんなのができちゃったんだろうな……もしかしたら、ここにいた人たちには、江戸さんへの強い憎しみの気持ちもあったのかもしれないね……?」
「ちょっと待って、江戸さんを憎んでたって、それってどうしてよ? それに、そんなのにどうして瞬が関係してるの? ここに死んだ人の霊が集ってたんでしょ? 瞬は死んでなんかないじゃない! あの矢島って人とのことだけで、瞬までがずっとここに通うことになったってことなの?」
「いや、実はそれだけじゃないんだ。なあ未来、大学1年の時に一緒だった、景子のこと覚えてるだろ? 夏休みが終わってすぐ大学辞めちゃったけど、実はあいつのお母さんなんだ……さっき話した江戸さんってさ。つまり彼女のお母さんが、ついさっきまであそこにいたんだよ……」
 そんな言葉に、未来は一瞬だけ驚いた顔をする。しかしすぐに考え込むような顔付きになって、聡子がいた辺りに再び目を向けた。
 未来にとって景子という存在は、覚えてる――という次元ではもはやなかったのだ。彼女が大学を辞めて5年後、2人は瞬の病室で運命的な再会を果たす。瞬の事件を人伝に聞いて、景子が突然病室に姿を見せたのだ。予想していなかった人物の出現に、未来はそれなりに驚きはした。しかし涙まで見せて心配する景子に対して、未来は次第に感謝の気持ちで一杯になっていく。
 それから、2人はそこそこ頻繁に連絡を取り合うようになり、既に結婚して子供もいた景子の家に、未来は遊びに行ったりするようにもなっていた。そんな関係は今も続いていて、だからすぐに江戸景子の顔は思い浮かんだのだ。しかし亡くなった彼女の母親がさっきまでここにいた。そんなことをいきなり言われ、
「どうして? どうして瞬が、景子のお母さんのこと知ってるの?」
 そんな疑問もあっという間に声になって、彼は少しだけ困った顔を見せていた。
 2人はそれから、元は事務所だったその場所を早々に後にする。そして門へと向かう道すがら、瞬は思いも寄らぬ事実を未来へ話して聞かせていった。
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