第5章  現実 –  黒い影(8)

文字数 732文字

                 黒い影(8)


「それで? それで彼は何と答えたの?」
「いや、何も言わなかったよ。ただね、よくよく聞けば、その老夫婦と赤の他人だって言うじゃないか……まあ今時珍しい若者だって思ってね、どこの高校なのって聞いたんだ。その時も、どこかで聞いたことのある名前だとは思ったんだが。まさか、本当に同じ高校だったとはねえ……」
「同じ高校どころか、彼とはクラスだって一緒なの! でもおかしくない? 自分の娘の通う高校の名前くらい、普通父親なら覚えてるでしょ? もしもさっき、お母さんがインハイのことを話さなければ、卒業するまでずっと知らないままだったんでしょう!」
 未来が憮然とした表情を見せ、それでも若干は明るさの残る感じでそんなことを言って返す。
「やっぱり、未来の高校だったんだ!」
 いきなり父、慎二がそう言ってきたのは、あと3日で夏休みも終わるという日のことだった。日曜日だというのにゴルフにも行かず、慎二は珍しく朝からずっと家にいた。
 そして未来の方も母、優子と一緒に、滅多にやらない夕食作りに励んでいたのだ。
 そこで優子が何気なく、未来の高校の名前を口にした。岡山で行われたインターハイ結果について、それは未来に向かっての一言だった。
 ところがその時、リビングにいた慎二がキッチンに顔を出し、
「おまえの高校って、なんて名前だったっけ?」
 などといきなり尋ねてきた。そして老夫婦の死、その妻である老婆を背負っていたのが高校生だと聞いて、未来はすぐあの日のことを思い出す。
 それからは夕食の準備もそっちのけで、未来は慎二をソファに座らせ彼の話に夢中になった。そして話が終わって慎二がビールを飲み始めても、未来は1人ソファに座って考え続ける。 
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