第5章  現実 – その真実(2) 

文字数 912文字

                 その真実(2)


「すみません、奥に詰めて頂けますか?」
 係員は確かにそう言って、はじめは穏やかに笑っている。
 未来は2人分の乗車券を手にして前を見据え、〝聞こえていない〟という態度を滲まさせていた。きっとそんな彼女に係員は、〝動きたくない〟という意思を感じ取ったのだろう。その後すぐ、未来の耳に届いた言葉は、奥へどうぞ――だったのだ。
「ダメです! その席は困ります!」
 突然立ち上がって叫ぶ未来に、その場の空気が一瞬にして凍り付いた。
 特に驚いていたのは、〝奥へ〟と告げられた小太りの若い男。未来の隣で片足を上げかけて、固まったまま動けないでいる。
 きっと慣れないデートなのだろう。
 男は未来の声が響き渡る前から、ずっと不安げな表情だった。男の後ろに並んでいた彼女もまた、無言のまま神妙な顔付きを崩さない。
 そのジェットコースターは一列三人掛けで、未来は座席の真ん中に腰を下ろしていた。奥には瞬が座っていて、勿論席を詰めるなんてことができる筈がない。
 結局、未来の次に並んでいたカップルは、自ら進んで二列に別れて乗り込むことに……。
「あ、わたしが後ろに乗りますから……」
 彼女の方がそう言って、さっさと後ろの席に乗り込んだのだ。
 そうしてジェットコースターが出発する直前、誘導を終えた係員がここぞとばかりに近付いてくる。
「ここは座席指定じゃないんですから、本当はこんなの、ダメなんですからね!」
 未来に向かって、吐き捨てるようにそう言った。当然そんなことは未来だって知っている。だからと言ってこんな場合、瞬のいる席に座ってしまったら、
 ――もう二度と、姿を見せなくなってしまうかも!?
 意味も分からずショックを受けて、そうなってしまえばもう取り返しが付かない。
 これまでも、何度だって似たようなことを経験してきたのだ。こんなことには慣れていて、嫌になるくらい慣れっこになっても、イラつく気分だけはどうしようもなかった。
 だから未来は思いっきり叫んだ。
 ジェットコースターが急斜面を滑り落ちる時、響き渡る轟音と共に思うがままの大声を上げる。
「瞬! わたしジェットコースターなんて大っ嫌い!!」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み