第6章 混沌 - 母親(4)
文字数 1,488文字
母親(4)
ひと呼吸分息を飲み、優子は慌てて頭を下げる。
「いえ、やっぱりいいです。ごめんなさい!」
そう声にした時には、既に2、3歩後ずさりしていた。そのまま逃げるようにその場を離れ、マンションから表に出てもドキドキ感が収まらない
――まるで、ヤクザじゃないの……?
あれが男の本性なのか? 未来と別れた途端に女を連れ込み、それも下手すれば高校生という年頃の子をだ。
もしかしたら別れて正解だったの? そんな思いが過った瞬間、優子は未来に会いに行こうと心に決める。
少なくとも聞いていた感じでは、あんな言葉を口走るような男ではない。
では未来が騙されていたのか? そんな疑問を払拭するには、未来本人に尋ねてみるしかなかった。
けれど未来は夕方まで病院の筈。だから途中スーパーで買い物をして、夕飯の支度でもしながら帰りを待とうと優子は決めた。
ところが未来はいつまで経っても帰ってこない。夜8時になっても帰らずで、電話するよう置き手紙を残して優子はマンションを後にする。しかし電話も掛かってこないのだ。幾らなんでも手紙を読んで、無視するような娘では決してない。
――マンションに、帰ってないの?
妙に胸騒ぎを感じてすぐ、優子は慎二を叩き起こした。そしてまだ夜が明け切らぬ中、彼の運転する車で未来のマンションに急いだのだ。しかしやはり未来はおらず、優子が並べておいた夕飯もそのまま、昨夜帰ってきたという痕跡がまるでない。
「あいつももう30歳なんだから、一晩帰ってこないくらいで騒ぎ過ぎなんだよ、大体おまえこそ未来に言ってたじゃないか? 少しは遊んだらどうなんだってさ……」
目黒とのことを知らない慎二は、そう言ってさっさと家に帰ってしまった。優子はとても一緒に帰宅する気になれず、かといってマンションの部屋で1人待つのも嫌だった。
――そうだ、マンションの周りをひと回りしてこよう。
今日も仕事のある未来のこと、きっとそのうちに帰ってくる。そう思って優子は、やや明るくなり始めた住宅街に出て行った。そしてふと、未来の言葉を思い出すのだ。
「この道をずっとまっすぐ行くとね、黙っててもうちの病院に着いちゃうから……」
気付けば優子はそんな道を歩いていて、更につい、したくもない想像をしてしまう。
まさかずっと病院に? しかしすぐに、あり得ない、幾らなんでも考え過ぎよ! と、己の想像を振り払おうとした時だった。遠くに見える交差点手前に、ポツンと立っている人影が目に入る。距離はあったが、そのシルエットは明らかに女性で、更に未来に見えないこともない。優子は歩く足を少し早めて、再び動き出したその姿を目で追った。
――ちょっと、何やっているの?
女性が片足を上げ、明らかにガードレールを乗り越えようとしている。時間が時間だからクルマはひっきりなしには通らない。それでも時折ダンプカーが猛スピードで走り抜けた。更に近付いてよく見れば、その姿は疑いようもなく未来のもの。
「未来! ちょっと! 何やってるのよ!」
優子はそう叫ぶと同時に走り出した。
――やめて! やめて! やめて!
必死に念じる優子の目に、車道に入り込む未来の姿が確と映る。未来は何事かを叫びながら、ゆっくりと中央車線に近付いていくのだ。そして後10メートルというところで、優子は声を限りに叫ぶのだった。
「未来! やめなさい!」
そんな優子の声に、未来がフッと振り向いた。
――未来……。
優子の目に、クシャクシャに歪んだ未来の顔と、
――嘘! ダメ!
いきなりダンプの姿が飛び込んでくる。
ひと呼吸分息を飲み、優子は慌てて頭を下げる。
「いえ、やっぱりいいです。ごめんなさい!」
そう声にした時には、既に2、3歩後ずさりしていた。そのまま逃げるようにその場を離れ、マンションから表に出てもドキドキ感が収まらない
――まるで、ヤクザじゃないの……?
あれが男の本性なのか? 未来と別れた途端に女を連れ込み、それも下手すれば高校生という年頃の子をだ。
もしかしたら別れて正解だったの? そんな思いが過った瞬間、優子は未来に会いに行こうと心に決める。
少なくとも聞いていた感じでは、あんな言葉を口走るような男ではない。
では未来が騙されていたのか? そんな疑問を払拭するには、未来本人に尋ねてみるしかなかった。
けれど未来は夕方まで病院の筈。だから途中スーパーで買い物をして、夕飯の支度でもしながら帰りを待とうと優子は決めた。
ところが未来はいつまで経っても帰ってこない。夜8時になっても帰らずで、電話するよう置き手紙を残して優子はマンションを後にする。しかし電話も掛かってこないのだ。幾らなんでも手紙を読んで、無視するような娘では決してない。
――マンションに、帰ってないの?
妙に胸騒ぎを感じてすぐ、優子は慎二を叩き起こした。そしてまだ夜が明け切らぬ中、彼の運転する車で未来のマンションに急いだのだ。しかしやはり未来はおらず、優子が並べておいた夕飯もそのまま、昨夜帰ってきたという痕跡がまるでない。
「あいつももう30歳なんだから、一晩帰ってこないくらいで騒ぎ過ぎなんだよ、大体おまえこそ未来に言ってたじゃないか? 少しは遊んだらどうなんだってさ……」
目黒とのことを知らない慎二は、そう言ってさっさと家に帰ってしまった。優子はとても一緒に帰宅する気になれず、かといってマンションの部屋で1人待つのも嫌だった。
――そうだ、マンションの周りをひと回りしてこよう。
今日も仕事のある未来のこと、きっとそのうちに帰ってくる。そう思って優子は、やや明るくなり始めた住宅街に出て行った。そしてふと、未来の言葉を思い出すのだ。
「この道をずっとまっすぐ行くとね、黙っててもうちの病院に着いちゃうから……」
気付けば優子はそんな道を歩いていて、更につい、したくもない想像をしてしまう。
まさかずっと病院に? しかしすぐに、あり得ない、幾らなんでも考え過ぎよ! と、己の想像を振り払おうとした時だった。遠くに見える交差点手前に、ポツンと立っている人影が目に入る。距離はあったが、そのシルエットは明らかに女性で、更に未来に見えないこともない。優子は歩く足を少し早めて、再び動き出したその姿を目で追った。
――ちょっと、何やっているの?
女性が片足を上げ、明らかにガードレールを乗り越えようとしている。時間が時間だからクルマはひっきりなしには通らない。それでも時折ダンプカーが猛スピードで走り抜けた。更に近付いてよく見れば、その姿は疑いようもなく未来のもの。
「未来! ちょっと! 何やってるのよ!」
優子はそう叫ぶと同時に走り出した。
――やめて! やめて! やめて!
必死に念じる優子の目に、車道に入り込む未来の姿が確と映る。未来は何事かを叫びながら、ゆっくりと中央車線に近付いていくのだ。そして後10メートルというところで、優子は声を限りに叫ぶのだった。
「未来! やめなさい!」
そんな優子の声に、未来がフッと振り向いた。
――未来……。
優子の目に、クシャクシャに歪んだ未来の顔と、
――嘘! ダメ!
いきなりダンプの姿が飛び込んでくる。