第8章 終焉 -  病院へ 

文字数 1,147文字

 病院へ 



 きっと随分昔からやっている店なのだろう。奥の方には、インベーダーゲームのできる分厚いテーブルまでがある。決してお腹が空いている訳ではなかったが、ただとにかく、昨日の朝からまともに食事を取っていない。何か食べなければ……ただただそう思って、未来はふと目に入った喫茶店に入っていた。
 入り口に大きな観葉植物があるだけで、後は黒いテーブルと木製の椅子だけが並んでいる。壁には陽焼けしてシラっちゃけたチラシが数枚、そしてカウンターに置かれた小型テレビは随分古いタイプのものだ。マスターらしき男性も、結構な高齢らしく耳もかなり遠いのだろう。店に入って先ず驚いたのは、テレビから響いてくるその音の大きさだった。唯一の客である未来が現れるまでは、きっとテレビ画面に釘付けだったに違いない。そんなことを思い描きながら、水を運んできたマスターにナポリタンとホットコーヒーを注文する。そして思いの外座り心地のいい椅子に深々と座り直し、大きな窓から見える出雲の街並みに目を向けた。
 きっと旅行などで訪れたなら、この眺めも随分違って映ったろう。見慣れぬ景色を眺めて、出雲大社と日御碕、どっちを先になんて考えていたのかもしれない。しかし残念ながら、未来はここを出たらさっさとタクシーに乗り込み、観光とは無縁のところへ向かわねばならない。ネットで調べた住所によると、そこはまるで陸の孤島のような場所らしかった。近くに駅もなければ、バスも途中までしか通っていない。番地の表記もなくて、最初は市内にある教団事務所を尋ねようかとも思ったのだ。しかし無関係の未来が突然現れ、二階堂豊子さんに会いたいと言ったところで、「はいそうですか」といく訳がない。ならば当たって砕けろで、直接会いに出向く方に未来はまだ可能性を感じた。
 広大な敷地が高い塀に囲まれていて、きっと唯一の入り口には門番でも立っているのか? テレビドアフォンがあるだけだったとしても、当然声を返してくるのは本人ではあるまい。とにかく未来は決めていたのだ。誰が相対してこようと、
「二階堂豊子さんにはお孫さんがいます! そのお孫さんが死にかけているんです!」
 実の孫が死にかけている……だからその情報を伝えたいと声高に叫べば、普通なら本人へ何かしら伝えるだろう。ところが淳一から聞いた感じでは、彼女はそれさえも無視しかねなかった。それでも会わねばならないのだ。瞬を救えるかもしれないのは、今やもう彼女しか残されていないのだから。そう強く念じて、運ばれたばかりコーヒーに手を伸ばそうとしたその時、
「二階堂豊子……そして二階堂京……」  
 突然、ついさっきまで頭にあった名前が耳に飛び込む。と同時に、慌てて声の出所を意識した瞬間、その目に驚きの光景が見え届いた。
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