第8章 終焉 -  病院へ(5)

文字数 1,117文字

 病院へ(5)



「……20年ですよ、20年……」
 続いてのそんな言葉で、彼の言わんとすることが染み入るように辺りに伝わる。立ち上がっていた2人は再び椅子に腰掛け、残りの3人も淳一から視線を外し、それぞれの思いと共にあらぬ方へ目を向けた。
 瞬の苦しみの月日はこんなものじゃない。それは当然淳一にも言えることで、慎二も優子も抗うことなどできる筈がなかった。そもそもここに集ったのは、その淳一の呼びかけがあったからだ。そして彼から語られた話を信用するしないに係わらず、絶対に守って欲しいと言われていたのが、
「未来さんが自分から出てくるまで、絶対に病室へは近付かないでください」
 という淳一との約束だったのだ。彼は未来の両親に加えて、瞬の担当医と4階の看護師長をこの場に呼んだ。一方優子も、「瞬とのことを知っている未来の友人」として、江戸景子を呼びたいと淳一へと申し出る。結果景子は、少し遅れるが必ず行くと、優子へ二つ返事を返していた。
 そうして、6人が揃ったのは未来が現れる寸前で、当初、淳一を除く5人はまさに半信半疑の面持ちだった。何が始まるのかということよりも、どうせ何も起きる訳がない――という思いの方が強かった。ところがいきなり未来の声が響いたかと思うと、途端に嗚咽混じりの声となる。何が起きている! 全員がそう思いながらも、ただじっと動かずに耳だけを傾けた。しかし慎二が我慢できずに立ち上がり、そしてすぐにまた腰掛けることになった頃、気付けば未来の声は聞こえなくなっている。途端に息使いさえ聞こえてきそうな静けさと変わって、それでも誰も口を開こうとはしなかった。誰もがチラッと淳一へ視線を送り、すぐにそのまま目を逸らす。そんなことが何度となく繰り返され、ついにシビレを切らした優子が口を開いた。
「あの……あの子に何かあったなんてことは、ないんでしょうか?」
 そんな声に初めて、淳一が一度はその顔を上げて、
「いや、そんなことは……」
 ――ないと思う。
 そう言い掛けて、やはりそのまま下を向いた。ところがそんな心配も、その後すぐに杞憂だったと知れるのだ。
 淳一の中途半端な返答から数秒、再び未来の声が響き渡った。紛れもなく瞬の名を呼んでいて、さっきまでの悲痛な叫びとは全然違う。何が起きたんだ!? 皆が皆そんな顔を見合わせて、しかし身動き一切できないでいた。すると更に数秒後、ついに待ちに待った瞬間が訪れる。
 ガタン! という音に続いて、バタバタバタっと足音が響いた。今度こそ! そう思って慎二が淳一を見ると、既に彼は立ち上がって猛ダッシュを見せている。そして扉に手をかけ必死の声を上げたのだ。
「未来ちゃん! ここだ! ここにいるぞ!」
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