第7章 真実 - 日御碕灯台(4)
文字数 1,261文字
日御碕灯台(4)
「康江は、康江はどうした……?」
震えるようなその声は、あまりにらしくない自信なさげなものだった。
「それでこっちは大騒ぎだよ。まさかまたあんたのせいじゃないだろうね?」
「じゃあ康江はいないのか? まだ家に帰ってないのか?」
「だから大騒ぎなんだって! わたしも今から探しにいくところなんだ。だからもし、彼女のことで何か知っているなら、今ここでちゃんと言ってくださいよ、だいたいね……」
そこで一気に淳一の言葉は遮られ、京本来の声が響き渡った。
「日御碕だ! 日御碕の灯台に行け!」
「日御碕って、どうしてそんなところに……」
――彼女がいるって分かるんだ?
そんな疑念が受話器を通じてすぐに伝わり、更に大きな声が後に続いた。
「何でもいいから早く行ってくれ! お願いだ!」
「まさかあんた、そこで彼女と会う約束でもしてたのか!?」
――そんな約束もいざとなって、面倒になって行かなかった?
「違う! 見えたんだ! あいつがあそこから飛び降りようと思い描いたのが、俺にはちゃんとはっきり見えたんだ!」
大広間で康江が掴み掛かってきた時だ。ほんの一瞬だったが、両腕を通して康江の思念が伝わった。
――どうしてだ? いったい、どうして……?
そう自問自答する京の脳裏に、夕闇迫る日御碕が浮かび上がっていたのである。
「だから早く行け。早くしないと、間に合わなくなるぞ……」
声のトーンを一気に落としてそう続け、京はさっさと電話を切ってしまうのだ。
見えたって、いったいどういうことなのか? 淳一はまさしくそんな思いで、暫し受話器を手にしたまま動けない。そしてふと思うのだった。この期に及んで京が今更、嘘を告げる為に電話などしてくる筈がない。そんな確信に思い至って、淳一はそれから30分後には、日御碕の駐車場でタクシーから降り立っていた。
ちょうど太陽が沈みかけている頃で、まだなんとかそこそこの明るさが残っている。そんな中、どこだ、どこにいる? そう念じながら、淳一は灯台に向かって一目散に走っていった。するとどこからか、赤ん坊の泣き声が聞こえた気がする。足を止め、心臓の鼓動を無視して必死になって耳を澄ました。空耳か? しかしピューピューと吹く風の音に混じって、甲高い声のようなものが微かに聞こえる。その瞬間から、彼の緊張は一気に倍加した。間違いなくここより先に康江はいて、そこは岸壁のすぐ傍に違いない。そしてもし淳一の存在に気が付いたら、康江はあっさり引き返してくれるだろうか?
――いや、きっとそのまま飛び降りてしまう!
夕闇迫るこの暗さでは、きっと淳一だとは気付くまい。ただ人の気配を感じて、思わず反射的になんてことになるのが関の山だ。となれば何より、近付きつつあるのを知られてはならない。彼はそこから、急ぐこと以上に足音を立てないことを優先させた。微かに聞こえる泣き声を頼りに、気付かれぬようそれでも急ぎ足で歩みを進める。遊歩道の先にあるゴツゴツした岩に目を向け、淳一は康江の姿を求めて一歩一歩進んでいった。
「康江は、康江はどうした……?」
震えるようなその声は、あまりにらしくない自信なさげなものだった。
「それでこっちは大騒ぎだよ。まさかまたあんたのせいじゃないだろうね?」
「じゃあ康江はいないのか? まだ家に帰ってないのか?」
「だから大騒ぎなんだって! わたしも今から探しにいくところなんだ。だからもし、彼女のことで何か知っているなら、今ここでちゃんと言ってくださいよ、だいたいね……」
そこで一気に淳一の言葉は遮られ、京本来の声が響き渡った。
「日御碕だ! 日御碕の灯台に行け!」
「日御碕って、どうしてそんなところに……」
――彼女がいるって分かるんだ?
そんな疑念が受話器を通じてすぐに伝わり、更に大きな声が後に続いた。
「何でもいいから早く行ってくれ! お願いだ!」
「まさかあんた、そこで彼女と会う約束でもしてたのか!?」
――そんな約束もいざとなって、面倒になって行かなかった?
「違う! 見えたんだ! あいつがあそこから飛び降りようと思い描いたのが、俺にはちゃんとはっきり見えたんだ!」
大広間で康江が掴み掛かってきた時だ。ほんの一瞬だったが、両腕を通して康江の思念が伝わった。
――どうしてだ? いったい、どうして……?
そう自問自答する京の脳裏に、夕闇迫る日御碕が浮かび上がっていたのである。
「だから早く行け。早くしないと、間に合わなくなるぞ……」
声のトーンを一気に落としてそう続け、京はさっさと電話を切ってしまうのだ。
見えたって、いったいどういうことなのか? 淳一はまさしくそんな思いで、暫し受話器を手にしたまま動けない。そしてふと思うのだった。この期に及んで京が今更、嘘を告げる為に電話などしてくる筈がない。そんな確信に思い至って、淳一はそれから30分後には、日御碕の駐車場でタクシーから降り立っていた。
ちょうど太陽が沈みかけている頃で、まだなんとかそこそこの明るさが残っている。そんな中、どこだ、どこにいる? そう念じながら、淳一は灯台に向かって一目散に走っていった。するとどこからか、赤ん坊の泣き声が聞こえた気がする。足を止め、心臓の鼓動を無視して必死になって耳を澄ました。空耳か? しかしピューピューと吹く風の音に混じって、甲高い声のようなものが微かに聞こえる。その瞬間から、彼の緊張は一気に倍加した。間違いなくここより先に康江はいて、そこは岸壁のすぐ傍に違いない。そしてもし淳一の存在に気が付いたら、康江はあっさり引き返してくれるだろうか?
――いや、きっとそのまま飛び降りてしまう!
夕闇迫るこの暗さでは、きっと淳一だとは気付くまい。ただ人の気配を感じて、思わず反射的になんてことになるのが関の山だ。となれば何より、近付きつつあるのを知られてはならない。彼はそこから、急ぐこと以上に足音を立てないことを優先させた。微かに聞こえる泣き声を頼りに、気付かれぬようそれでも急ぎ足で歩みを進める。遊歩道の先にあるゴツゴツした岩に目を向け、淳一は康江の姿を求めて一歩一歩進んでいった。