第5章  探求 - 新幹線

文字数 1,441文字

                    新幹線

 元々瞬は未来以上に臆病で、特に高いところは大の苦手。
 つい先日も、自らジェットコースターに乗り込もうとしたくせに、すべてを知って再び高所恐怖症が舞い戻っていた。
 2人は男のマンションから新宿にある探偵事務所に立ち寄り、男に関することすべてについて、大至急での調査を依頼した。そしてこの後にすべきこととして、瞬が発見された土地に行くべきだと未来が声にしてから、2人の押し問答が暫し続いた。
「ねえ、今時どうして新幹線なのかなあ……」
 彼女が大袈裟に嘆いて見せると、瞬はすかさず言ってくるのだ。
「何言ってるんだよ、未来が僕に教えてくれたんじゃないか。新幹線は、開業以来ずっと死傷者ゼロだってさ。それにきっと以前の僕も、新幹線に乗って行ったと思うんだ」
「それはね、本当にそうだろうけど……まさか、こんなに掛かるとは思わなかったのよ。ねえいい? 朝6時頃品川を出発して、松江に着くのが12時半だよ、そこから瞬の見つかったところに行ったらさ、いったい何時になるんだか……?」
 そう言って、未来は再び深くて長い溜め息を吐いた。新幹線で岡山までなら、それでも3時間くらいで着いてしまう。しかしそこから特急やくもに乗り換えて、なんだかんだで更に4時間くらいが掛かるのだ。
「ねえ、どうして山陰新幹線ってないのかしら……瞬、やっぱり飛行機にしない?」
 そんな未来の懇願から30分くらい前のこと、瞬がいきなり言ったのだった。
「やっぱり、出雲空港じゃなくて、米子の方が近いよね?」
 未来が瞬にそう言って、パソコンから目を離したその途端、
「未来、もし僕が飛行機から落ちちゃったらどうするつもり? 今度の地面は電車と違って、遥かずっと下にあるんだよ! それこそ新幹線でいいじゃないか、新幹線なら景色も見れるし、第一安全が一番だよ!」
 だから飛行機なんかに乗りたくないと言い、その後は何を言われても、彼は頑として首を縦に振らなかった。
 確かに、瞬はしっかり意識してないと、平気で床から抜け落ちてたりするのだ。探偵社に向かう時もそうだった。彼はずっと考え込んでいて、マンションでのことを尋ねても、ただ頷くだけで何も答えてはくれなかった。だから仕方なく、未来はこそこそ話し掛けるのを早々に諦めて、流れる車窓の景色に目を向けた。平日午後の各駅停車、それも上りだから乗客は疎らで、車内には数える程の人しかいない。そんな中、未来は思わず大声を上げる。
「ちょっと!!」
 ――瞬!
 最初の一声と同時に、向かいに座っていた若者が驚いて携帯を落としてしまった。
 カチャンと聞こえて、未来は瞬の名を心の中だけで声にする。怪訝そうな顔を向ける乗客に、なんとか頭だけは下げてから、未来は再び瞬の方に顔を向けた。
 さっきまで、彼の肩辺りは出ていたのだ。なのに今はもう首から下は座席の中にめり込んで、顔だけが座席の上にちょこんと出てる。きっと考えることに夢中で、未来の声によってやっとこの状態を知ったのだ。
 目を見開き唖然とするまま、瞬の首から上もスポッと一気に消え去った。
 未来は次の駅で電車を飛び降り、ホームとの隙間を必死になって彼を探した。しかし当然瞬の姿はどこにもない。だから仕方なく、遠くに伸びる線路を見つめて、彼が現れるのをただただ待った。すると10分くらいしてから、未来の見つめる先に瞬の姿が現れる。ただしフッと浮かび上がった訳ではなくて、トボトボと歩く姿が遥か遠くに見えたのだ。
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