終章    2016年(ラストシーン)

文字数 1,002文字

 2016年(ラストシーン)



 ――瞬……。
 不意に頭の中で、そんな声が微かに聞こえる。その響きに、彼は一瞬にして燻っていた苛立ちを消し去った。
 ――あんたが、連れてきてくれたのか?
 思わずそう声にしそうになった瞬の視線の先に、聡子と、いつの間にかその隣に淳一の姿があったのだ。瞬の思念を感じて、聡子はほんの少しだけはにかんだように見えた。一方淳一は驚いたように目を見開いて、瞬のことをジッと見つめている。やがて天と地と左右をキョロキョロと見回し、そうして初めて、彼は自分の置かれている状況を悟ったようだった。それまでの顔の強ばりがフッと消えて、安堵したと言わんばかりの顔が浮かぶ。そして呟くように何事かを口にして、現れた時と同様すうっと静かに消え去った。
 結局、淳一が姿を見せていたのはほんの10秒くらいのことで、彼の消失の後いつの間にか聡子の姿も消えていた。ただとにかく、なぜかこの地に留まっている彼らのお陰で、瞬は淳一と最期の別れをすることができたのだ。そしてふと気付けば、豊子と京までが見る見る薄くなっていて、不意に瞬へと言ってくる。
 ――さて、お出ましだよ……。
 ――俺たちもそろそろ、消えるとするかな……?
 そんな思念を感じて、瞬が2人の見ている先に目を向けると、道の遥か向こうから未来が走ってくる姿が見えた。彼はハッと思い付き、慌ててポケットからスマホを取り出す。スマホが起動するのをジリジリして待って数秒、現れ出た画面には、やはり未来からの度重なる着信が表示されている。
 病院に担ぎ込まれた。或いは既に亡くなったという連絡があったのか? どちらにしても、瞬は今あったことを未来に言うつもりはなかった。これまでも、そしてこれからも何が目の前に現れ出ようとも、未来には絶対に知られないようにする。だから彼は慌てた様子など見せずに、まだまだ遠くを走る未来に向かって、敢えて大きく手を振って見せるのだ。そして更に、殆ど消え掛かっている2人に向けて、
 ――父さんを、ちゃんと天国に届けてくれな……。
 そう念じて、ようやく未来の方に向かって歩き始めた。その時、瞬の脳裏には、
 ――本当だったんだ、こりゃ驚いた……。
 淳一が最後に呟いたそんな台詞が、いつまでも消えずに響き渡っていたのである。


 随分前に、わたくしが初めて買い上げた作品です。
 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。  杉内 健二
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