第4章  見知らぬ世界 – 金田裕次(2)

文字数 1,460文字

                 金田裕次(2)


「それから、あいつのことも見張らせてくれ。屋敷を出てから帰り着くまで、誰とどこで会って何をしているのか、俺に逐一報告させて欲しいんだ」
 愛菜のことも調べさせて欲しい。いきなり矢島がそう言ってきたのだ。そして結果、占い師は簡単に見つかるが、望んでいた関係修復はまるで叶わない。更にちょうど同じ頃、愛菜への調査で面白い事実が浮かび上がった。なんと愛菜自身、矢島の身辺を調べさせていたのである。
 絶対に、浮気をしている。もしかしたら、囲っている女くらいいるかもしれない。そんな事実が証明できれば、財産の半分くらいは慰謝料としてふんだくれる。そう思い込んでいた愛菜だったが、探偵社から届くのは、彼女にとって芳しくない結果ばかり。予想に反して、矢島には女の影がまったくなかった。商売絡みでクラブなどに出掛けても、客に相手させるだけで自分は女に見向きもしない。
 そんな情報を手に入れた金田は、愛菜の調査結果を改ざんし、当たり障りのない報告書を矢島に渡した。そして今度は愛菜へ近付き、浮気程度で手にできる端金について話聞かせていったのだ。
「だいたいね、それだって普通の奥方の場合ですよ。万一裁判で普段の生活を洗いざらい出されたら、そんな数百万程度の慰謝料だって貰えるかどうか……」
 家事一切することなく、毎日のように出掛けてブランドものを買い漁る。ここ最近は、平気で六本木界隈を飲み歩いたりするようにもなった。そんな事実を並べ立て、
「奥さんが入れ込んでいる若いホストいますよね? いったい彼に、これまでいくら注ぎ込んできたんです? まあ、変な関係にはなってないようですけど、とにかく裁判でご主人の弁護士に、クラブでの写真でも出されてご覧なさい。まるで立場が逆転しちゃうんじゃありませんか?」 
 更にそう続けて、もっと別の方法を考えるべきだと助言する。
 金田はこの時、ちょっと懲らしめたいくらいに考えていたのだ。占い師の一件から、急に態度が変わってしまった矢島は、金田との契約を更新しないとまで言い出していた。着任早々にそんなことになっては、本社でどのように思われるか分からない。だから矢島をそこそこの窮地に追い込み、金田の有り難みを再認識させようと考えた。結果、愛菜の悔しがり様は尋常じゃなく、味方になるという金田との距離は、金田の思いとは別に一気に近くなっていく。そうして大した時間もかからずに、2人の間は行き着くところに行き着いた。更にそうなってすぐ、金田はある計画を思い付くのだ。
「今、うちが使っている探偵社の下請けに、個人で探偵をやってるのがいるんだ。法律に触れるような調査とか、〝あっちの筋〟絡みとかは、だいたい下請けの方に回される。その中で、特にヤバそうな案件になると、そいつも自分の弟に丸投げしているんだ。この弟ってのも相当ヤバい男なんだが、なぜか付き合っている女だけは一級品でね。そのくせ金使いの荒い男に、いつもピーピー泣いてやがる……」
 万一その計画が失敗に終わっても、誰1人として傷付くことはない筈だった。香織にしても、受け取る額からすれば文句はないだろうし、最悪でも金田が屋敷から出て行けば済むことだ。くらいに思って、都内にある一流ホテルの一室で、彼は愛菜へ自信たっぷりに言ったのだった。
「どうだ? そいつをご主人に近付けてみたら? あの女の色香には、大抵の男は抗えないと思うよ……とにかく、匂い立つように色っぽい女でね……」
 と、愛菜の耳元に息を吹き掛け囁いた。
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