第5章  探求 - 工場跡(3)

文字数 1,702文字

                 工場跡(3)


 ――あの少女の母親も、矢島のところで働いていたから……。
 だから〝ゆうちゃん〟は、彼の前にわざわざ姿を見せたのか? それとも瞬の方こそが導かれ、自ら彼女の元に出ていったのか? すべてが未だ謎だったが、それでも僅かながら核心に近付いている気はする。
 とにかくそんなこんなで、ネットに出てきそうことは大凡調べ終わったかな、という頃だった。
「その工場跡ってところに行ってみたいんだけど……」 
 ――僕は何をしに、どうしてそんな場所に行っていたんだろう? 
 先ずはそんなことを強烈に知りたくなって、瞬は未来へとそう告げた。
 そうして翌日の朝早く、2人は矢島不動産所有の工場跡へやってくる。
 ところが突然、瞬が中に入りたいと言い出すのだ。未来はそれなりに奮闘を見せたが、いかんせん目の前にある鉄製の門はあまりに高い。更にこんなことになるとは思いもしないから、彼女はその日に限ってミニのフレアースカートを身に付けていた。10年以上タンスに眠っていた一枚を、わざわざ引っ張り出して着ていたのだ。
 ――この期に及んで、下着が見えたくらいどうってことないわよ!
 未来は心だけでそう唱えながら、鉄格子の天辺目指して思いっきり大地を蹴った。力強くジャンプすれば、その手は何度でも天辺に届く。
 ところがその先がどうにもならなかった。陸上部で走り回っていた頃なら、腹筋と腕の力だけで門の上にだって上がれたろう。しかし減った筋肉分以上に脂肪が付いて、未来は早々に疲れ果ててしまうのだ。
 そうしていよいよ、未来は瞬へと告げたのだった。
「絶対に消えちゃわないって約束して! もし何か見えてきたら、すぐにわたしのことを考えるのよ! それが約束できるんなら、ホント! 絶対にそうだって誓えるんなら、ちょっとだけ……入ってきてもいいけど……」
 未来はそう言いながら、顔だけでまったく逆の気持ちを訴える。
「大丈夫だよ。あの夜だって、ちゃんと戻って来たじゃないか……もう今の僕は、自分の状況をちゃんと理解してるからさ、未来が心配するようなことにはまずならないよ」
 ――わたしが心配していることが、瞬、本当に分かってる……?
 喉元まで出掛かった言葉を飲み込んで、未来はひと呼吸置いてから瞬の返事に頷いた。
「じゃあ、行ってきます!」
 そして遊びにでも行くような声を出し、鉄格子の門に1人歩み寄る彼の背中を、未来は心配そうに見送ったのだ。ところがそれから数分経っても、彼は鉄格子の思いっきり外側にいた。門に突進してもすぐ立ち止まり、彼はその奥へ一向に進んでいかない。離れて見守っていた未来も異変に気が付き、慌てて鉄格子の傍に駆け寄り声を掛けた。
「どうしたの? まさか、通り抜けられないとか……?」
 両手で鉄格子をしっかりと掴み、
「そうなんだ、いったい、どうしちゃったんだろう?」
 瞬はそう言って、困惑した顔を未来の方に向けたのだ。そもそも本当なら、鉄格子を掴むなんてこと自体があり得ない。それなのにまるで生身の人間に戻ったように、彼は鉄の棒を握り締めて身体を懸命に押し付けている。未来はそんな姿に驚きながらも、瞬の方にソッと手を差し出した。すると思った通り、その手は瞬の身体の中にすっぽりと入る。
 ――やっぱり……。
 そう思って、未来は足を一歩踏み込んだ。更に彼の背中すれすれまで身体を寄せる。一方本人は未だ鉄格子と格闘していて、その動きにまるで気付いていなかった。未来は彼の耳元に顔を寄せ、そのまま声を限りに叫ぶのだった。
「危ない!!」
 そう叫んだ途端、瞬の姿がパッと消えた。「わっ!」という声と同時に、瞬が鉄格子の向こう側に走り込んだのだ。
「ほら! これがわたしの心配そのものよ! 瞬! しっかりして頂戴!」
 多少の笑みをその顔に残しながらも、未来の声は真剣そのものの。置かれている現実を理解したからこそ、きっとこんなことが起きたのだ。だとすればこれからだって、まだまだ彼の身に降り掛かるかもしれない。だからくれぐれも注意して欲しいと更に言って、未来は再び、鉄格子の向こう側を行く彼の背中を見送った。
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