第5章  現実 –  苦悩 

文字数 1,465文字

                   苦悩
 

 瞬が行方知れずになって最初の数ヶ月、未来は彼のことを当てもなく探し回った。
 何か行き先のヒントが残されていないかと、彼の部屋の中を調べさせて貰ったりもした。
 ところが何の手がかりもないまま半年が過ぎ去る。その頃になると、瞬の為に何もすることがなくなって、未来は自宅から殆ど出なくなってしまった。大学を休学し、朝から晩まで自分の部屋の中で過ごす。
 食事も食べたり食べなかったりで、元々細身だった体型が更にどんどん細くなった。
 未来自身、ここまで辛い思いをするなんてことを、まるで予想していなかったのだ。
 高校2年の夏の日から、彼のことがどんどん好きになって、冬休みの頃にはもう付き合ってるという感じになった。それから5年近くの間、彼とは喧嘩らしい喧嘩だってしたことがない。それでも、瞬という存在がここまで大きなものだったと、未来はこうなって初めて知ったのだった。
 一方当然ながら両親も大層心配し、なだめたりすかしたり、あれこれ手を打つが何もかもが効果なし。そうして、瞬がいなくなって1年が経とうという頃、父慎二がいきなり部屋に現れる。そしてあまりに唐突に切り出したのだ。
「やっぱり菊地くんは、帰らないんじゃなくて、帰りたくても帰れない状態にいるんじゃないか? だとすればただ待っていたって、何の進展も見込めないよな……」
 そう言ってから、彼は全国版の電話帳を床の上にドサッと置いた。その時、未来はベッドに寝転んだまま、何を今更――といった表情だけを見せる。そして顔を向けることなしに、何とも力ない声を彼へと返した。
「そうかもしれない。でも、日本全国どこからも、それらしい連絡は入ってない……だからとにかく今は、彼から連絡があるのを待つしかないのよ……」
 行方不明者リストに載った彼の特徴に、未だヒットするような情報は出てきていなかった。だからただひたすら待つしかない。しかしついつい頭を掠めるのは、最悪となってしまった場合の想像なのだ。
「まさかお父さん!」
 いきなり慎二を睨み付け、未来の力強い声が響き渡った。
「監禁されてるとか言いたいわけ? それとも、誰かがクルマで彼を轢いちゃって、どこかの山奥に埋めちゃったとか? どうせ生きてる筈ないって……そんなことを言う為に、わざわざこの部屋まで来たってこと!?」
「そんなことがある筈ないだろう! いいから、ちょっとわたしの話を聞きなさい!」
 次第にヒステリックになっていった娘の声に、思わず慎二の声にも力が入った。
「じゃあいったい何? ついこないだまで、ただの家出とか、元からいなかったものと思えとか、好き勝手なことばかり言ってたくせに……何が新しい彼氏でも作れよ、簡単に言わないでよ、分かってないくせに……彼のことなんて、何にも知ってないくせに……」
 目に涙を溜めてのそんな声に、慎二は一時返す言葉を失った。
 さすがにここ数ヶ月は違ったが、実際これまで、夫婦して似たようなことを言っていたのは確かだった。
 最初の頃は、ひと月もすればコロッと元気になるだろう、くらいに思っていたのだ。ところがやがて、事はそう簡単ではないという現実に気が付く。
 そうなって慌てた2人は口々に、思い付きに他ならない台詞を未来に向かって浴びせかけた。初めのうちは彼女もその都度反応したのだ。ところがそんな状態がひと月も続いて、次第に両親の言葉に背を向けるようになる。とうとう2人を避けるまでになって、今日、慎二が未来の顔をまともに見るのもひと月ぶりのことだった。
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