第5章  探求 - 岡山、そして松江(5)

文字数 1,481文字

               岡山、そして松江(5)


 ――まったく、どうしてこんなときにいなくなるのよ!
 今朝早く目覚めると、瞬は部屋のどこにもいなかった。こうなってからというもの、彼は一切眠ることができないと言った。だから散歩でもしているのかと思って、目覚めてから部屋でずっと彼を待ったのだ。ところが8時を過ぎても帰ってこない。朝食は9時までだから、仕方なく最上階にあるレストランまでやってきた。そして結局、未来は味噌汁と板わかめ――わかめを水洗いし、生のまま板状に乾燥させたもの――をかじっただけで、料理が残ったままのトレイを返却口に持っていく。そして一言、
「すみません、食欲がなくて……」と声を掛けると、
「いいですよ〜気にしないでください。是非また島根に来てくださいね〜」
 などと、なんとも温かい声が返ってくるのだ。未来はちょっとだけ救われた気分になって、それから30分後、ホテルから1人歩いて松江駅に向かった。電車で出雲市駅まで行って、そこからのことは現地に着いてから考える。万一に備えて、瞬の母親が生まれ育った実家の住所は控えてあった。いざとなれば、近所で聞いて回ればいいのだ。「二階堂京さんって名前、どこかで聞いたことないですか?」そう尋ねて歩いて、ダメだったらまた別の方法を考えればいい。未来はそんなふうに思って、1人で出雲に向かう決心をした。そして後一つ角を曲れば、遠くに松江駅が見えてくるという時だった。
「未来、話があるんだ……」
 いつものように不意に突然、頭の中で瞬の声が響き渡る。どこ……? 囁くようにそう言って、未来は辺りをグルッと見回した。すると彼は前方十数メートル先に立っていて、彼女はその存在に気付くまで、なんと10秒近くも掛かってしまう。
 ――嘘……どうして?
 これまでも、少し透け始めていたのだ。それが一気に酷くなって、その姿はこれまで以上に不確かだった。遠くの背景に邪魔されて、シャツやジーンズの色までが変わって見える。ふと、このまま目覚めないまま消え去ってしまうのか? 
 ――違う! 何か別の理由でこうなってるだけよ! 
 涌き出る不安を更なる思いで抑え込み、未来はできるだけ普段通りに、瞬への文句を声にした。
「もお! お願いだから消えるときは、ちゃんとわたしに声を掛けてからにして!」
 絞り出したそんな声に、いつもの瞬であれば笑顔くらいは返してくれる。ゴメンの一言くらいは言って返してくる筈だった。ところが睨み付けるように地面を見つめ、彼は黙ったまま動こうとさえしない。
「ねえ! 怒りたいのはこっちの方なんだからねえ〜」
 仕方がないといった笑顔で未来は言い、不機嫌そうな瞬の傍に駆け寄っていった。彼の顔を間近に見つめ、「何かあったの?」と声を掛ける。そうしてようやく、瞬がボソッと口を開いた。
「未来、もういいよ、もうこれでお終いにしよう……」
 視線を合わさず、未来を見ないままでの言葉だった。
「何がいいの? 何を終わりにするって言うの?」
 そんな続いての問い掛けに、瞬は突然声を荒げて返すのだ。幽霊のような自分といるより、さっさと新しい恋人と結婚した方がいい。掠れてしまった身体を震わせ、彼は力強くそんなことを言ったかと思えば、
「もう未来は東京に帰ってくれ。何を調べたって分かる筈ないし、分かったところで、僕が目覚めなきゃ何の意味もない。結局は何をしたって、無駄だってことなんだ……」
 一気に声のトーンを違えて、それはまるで諭すような声となる。そしてその直後、瞬はクルッと背中を向けて、1人さっさと歩き出してしまうのだった。
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