第5章  現実 –  再会(3)

文字数 1,195文字

                   再会(3)


 ――わたし、いつの間にか、帰りに瞬のとこ寄らなくなってた……。
 いつ頃からそうなったのか? それさえ思い出せない自分がいる。
 ――これじゃあ、お母さんの言った通りじゃない!
 瞬が行方不明になって間もない頃、優子は未来によく言ったのだ。いずれ時が解決してくれる。時間さえ経ってしまえば、単なる思い出に変わっていくと……。
 ――このままお母さんが言ったみたいに忘れてしまうの? 彼とのことを忘れ去って、わたしは誰か他の人を好きになる? それでわたしは……本当にいいわけ?
 両親から再三言われていなければ、ここまで自問自答などしなかったのかもしれない。
 しかし彼女は思ったのだ。このまま何事もなく時間が経過していけば、新しい恋くらいはできるのかもしれないと。ただそうなってすぐ、彼が息を引き取ってしまったら、或いは目を覚ましてそんな事実を知ったなら、大学生から時の止まった彼はいったい何を思うのか? 
 何をどう考えようとも、結果はすべて同じように思えた。
 きっと、忘れてしまう〝恐れ〟よりずっと苦しい、大きな〝後悔〟を抱えながら生きることになる。
 ――絶対に、そんな後悔したくない!
 それが未来の出した結論だった。いずれまた心変わりするのかもしれない。ただこの瞬間は、不思議なくらいにそう思えた。だからそのまま踵を返し、夕陽の差し込むロビーから、未来は再びエレベーターに乗り込んだ。4階で降り右に1番奥まで歩いていくと、瞬の眠っている特別室がある。病室の扉を開けて中を覗くと、なぜか白衣を着た父慎二が立っていた。その傍にはよく知っている看護師長もいて、2人して未来の出現に驚きの顔を見せている。
 ――何をそんなに、2人して驚いてるの?
 そう思ってからすぐに、慎二がそこにいるという事実に思い至った。
「何かあったの!?」
 いきなり大きな声を上げて、未来は2つの顔を交互に見つめる。
 そんな彼女の大声から、優に20分は前のことだった。未来がまだロッカールームで着替えている頃、看護師長は瞬の病室の隣にいた。バイタルチェックを終えてその部屋を出ようとした時、開かれた扉の正面を誰かがスッと通り過ぎる。
 ――あら、珍しい……。
 そこは奥から二番目で、次に向かうべき一番奥が菊地瞬の病室だった。
 そんなところを大学生くらいの若者が、瞬の病室側からエレベーターの方へ歩いていく。もし道に迷ったのでなければ、彼は瞬の病室から出てきたとしか思えない。しかし患者の父親や相澤未来を除いてしまえば、ここ1年くらい面会する人物などに出会ったことがなかった。
「だけどそんなことはもうどうでもいいの。とにかくその後すぐにこの病室にきて、いつもしているように最後にモニターを確認したのよ。そうしたら、いつもと波形がまるで違って、これは大変だって担当の先生を呼びに行ったのよ」
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