終章    2016年

文字数 634文字

 2016年



 豊子によって閉じ込められた瞬の意識は、彼自身ではなく京の記憶の中で覚醒を果たしていた。そして更に、時間の経過と共にその記憶からも抜け出すようになり、勝手に未来の傍を漂い始める。
 そんなことは、豊子の老いによるものだったのか? 
 はたまた京自身が引き寄せたせいか? 
 ただなんにせよ、工場跡から離れられなくなっていた江戸聡子の存在が、そんなことに少なからず関係していたのだろう。
 だから瞬は長い間彼女の元へと通い続け、彼が現実を受け入れると同時にその姿を消し去った。更に、京の意識が閉じられると、そんな思念だけの存在である瞬も消失する。
 そして京の死から数時間後、後を追うように豊子にも死が訪れるのだ。
 その瞬間豊子の呪縛が解かれ、肉体と切り離されていた瞬の意識が、本来あるべき場所で完全に息を吹き返した。
「未来に、逢いたい……」
 最初そんな声に気付いたのは、病室に残っていた江戸景子。
 唇が微かに動いた気がして、彼女は慌ててベッド脇へと駆け寄ったのだ。
「未来を、呼んで……欲しい……」
 するとすぐに、小さいながらもそんな声が聞こえて、
「あの! 瞬くんが何か言ってます!」
 景子は思わず、自分でも驚く程の大声を上げた。
 その時、病室には慎二しかおらず、担当医と看護師は検査の準備に出てしまっている。
 慎二はすぐに景子の隣に立って、瞬の口元に耳を寄せた。そのまま数秒間、彼はジッと動かない。しかし突然、身体をビクッと震わし、その目からは涙が一気に溢れ出した。
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