第5章  探求 - マンションに再び 

文字数 1,300文字

                 マンションに再び
   
 
 30年程前この辺りには、独身者用の社員寮と既婚者向けの社宅として、幾つかの大きな建物が並び建っていた。そこには本社社員の家族は勿論、例の工場へ通っていた者もかなり暮らしていたのだった。
 ただそんな建物も今は影も形もなくなって、敷地の大半は緑一杯の公園となっている。だがそこを歩くことができるのは、中心に建てられたマンションの住人か、彼らに許しを得た者だけだ。敷地全体を白くて高い塀が覆っていて、一カ所だけある幅10メートル程の入り口を、明らかにフェイクなどではない監視カメラが虎視眈々と見張っている。
 そこからの景観は、あまりに重厚かつ美しかった。それが却って、足を踏み入れようとする人間に向け、威圧するような雰囲気さえ感じさせていた。
「このまま、中に入って行けるの?」
「いいえ、こんな高級マンション入ったことないけど、普通は無理でしょうね……瞬の言うロン毛のおじさんでも、ここに出てきてくれれば別なんだけど……」
 未来は目を細めてそう答え、門柱の間にそびえ立つマンションを眩しそうに見上げた。50階くらいはあるだろうそれは、そこから入ろうとする者を圧倒的な迫力と共に見下ろしている。2人は今、元は社宅だったマンションを前にして立っていた。
 瞬は工場跡で、景子の母聡子と以前関わりがあったと言った。それは聡子が亡くなった後のことで、現世を彷徨っていた彼女を、天へと送り届けようとしたのだ。そしてついさっき彼がすべてを思い出した途端、聡子は消え失せ、その他の霊も一斉に消えた。
 瞬が工場跡を漂っていたのは、やはり聡子の存在が関係しているのか? 
 一つだけ確かなことは、やはりあの場所が瞬にとって、まったくの無関係ではなかったということ。だから自宅だと思い込んでいたところにも、思いもつかないような理由がきっと存在する。瞬が力強く語ったそんなことを知る為に、2人は工場跡からそのままここへとやってきたのだ。そして未来はあの鉄格子の門を、思いの外苦労なく乗り越えられていたのだった。
 未来が門の前で辺りを見回すと、門から10メートルくらい下がったところに、今にも朽ち果てそうな小さい小屋が目に入る。そこは門から入ってくる訪問者が、真っ先に立ち寄るべき場所だったのだろう。そしてそんな小屋の真正面に、使ってくださいと言わんばかりに大きな脚立が立て掛けてあった。走っていって手に取ると、アルミ製のそれは土や埃で真っ黒だったが、その機能自体に問題はなさそうに見える。門のすぐ傍でセットしてみると、脚立の天辺まで上っていけば、難なく鉄格子の上を乗り越えられそうだ。未来は思うままに脚立を上がっていって、さっさと門の上に手をかけた。そのままゆっくり脚立の天辺に片足を掛け、身体の向きを反対にしながらもう一方を門の外に出していく。鉄格子の間に足先を突っ込み、両脚を少しずつ下へ下へと下ろしていった。そしてもうちょっとで身体が完全に伸び切って、足先が可能な限り地面に近付くという時だ。未来がふと上を見上げると、まるで予想していなかった光景が目に飛び込んでくる。
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