第3章 異次元の時 -  悪魔(4)

文字数 1,291文字

                  悪魔(4)


 ――これは、何?
 そう思った瞬間、目の前に広がる異質な光景が目に飛び込んでくる。
 写真が、明らかに浮いていた。真っ赤な液体に乗っかって、写真だけがクッキリと浮かび上がって見えるのだ。
 ――これって……何?
 再び自問する瞬の目に、新たなる光景が見え広がった。
 矢島が、なんと床の上にいる。いつの間にか女は消え失せ、ソファから転がり落ちたのか、尻をさらけ出したまま倒れ込んでいる。更にうつ伏せの腹辺りから、赤い液体がドクドクと流れ出ているのだ。
 どう考えても、それは男の体液に違いない。
 そんなのが今まさに、瞬の足元を覆い尽くそうとしている。足元が血の海――幾らこんなシーンに慣れているとはいえ、これはあまりにゾッとしない光景だった。瞬は両足を交互に浮かせ、スポーツシューズの靴底を恐る恐る覗き込んだ。
 ――だよ……な。
 やはり、思った通りなのだ。
 シューズの靴底は綺麗なままで、そのすぐ下にあった赤い液体は、まさに描かれたもののように微動だにしなかった。
 瞬は今一度床に両足を降ろして、辺りの様子を慎重に窺った。
 やはり女の姿はどこにもなく、男が倒れている以外さっきまでと何も変わらない。
 きっとこれが、男の経験した最期のシーンなのだ。すぐにでも、彼の魂がムクッと起き上がって、瞬に何か語りかけてくるに決まっている。それは、さっきの女への恨み言なのか? 自分に起きたことが理解できず、ただひたすら文句ばかりを訴えてくるか? 今までの経験からすれば、大凡そんなところだろうと予想がついた。 
 ただ唯一わからないのはゆうちゃんのこと。
 あの少女の母親は、消え失せてしまったさっきの女性に違いない。
 〝ゆうちゃん〟と出会ったのは、この男の死と関係があるからなのか? そんな疑念を思い浮かべ、再び矢島の姿に目を向けた時、フッと何かが横切った気がした。慌てて目で追う。するとすぐ目の前で、人の姿をした光の筋が揺れている。明らかに、それはいつものやつだった。なぜか矢島の傍まで近付いて、そのままジッと動かない。
 ――どうして……こんなところに? 
 それだけでも、結構な驚きだったのだ。ところがその後すぐに、比較にならないくらいの衝撃を受けることになる。
 ――やめてくれ……いったいどうなってるんだ!?
 それは本当に、何もない空間に降って湧いたように現れた。
 倒れ込む矢島の周りに、新しい人型の筋が次から次へと姿を見せる。
 そんなのが、一斉に動き始めたと思ったら、見る見る色を持ち始めたのだ。
 あるものは頭のてっぺんから、あるものはヘソ辺りから色付き始めて、どんどん透明なんかじゃなくなっていく。病原菌が伝染していくように、そんな変化はあっという間に部屋の隅々にまで広がった。そしてとうとう瞬の耳に、その声までが聞こえてくるのだ。
「救急車を呼んでくれ! それから誰か! 何か押さえるものを持ってきてくれ!」
 最初に現れたのがそう叫んだのを耳にして、瞬の混乱は頂点に達した。気が付けば地下室を抜け出していて、彼は夕闇迫る住宅街を1人歩いていたのだった。
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