第7章 真実 - 2005年へ(2)

文字数 1,256文字

 2005年へ(2)
 


「そうさ、あんたに子供なんていない。あんなのが孫だなんてトンでもないよ。だからあの子は、決して目覚めることなく死んでいくのさ……少なくともこのわたしが生きているうちは、目覚めるなんてあり得ない、絶対に、ね……」
「ちょっと待ってくれ! どうしてそんなことを知っている? 植物人間だなんて、俺だってつい最近知ったんだぞ!」
 あの時の赤ん坊が、今どうなったかを知っているか? と、京がふと声にした途端だった。
「まさかあんた、あれが息子だなんて思ってやしないだろうね?」
 そんな間髪入れずの声に、彼もすぐに否定の言葉を返したのだ。俺に子供はいない。そう声にした途端、後に続いた豊子の言葉はあまりに衝撃的だった。
「まったく、あんたが急にパーティー会場からいなくなって、だから結局、わたしが全部始末する羽目になったんだよ。それだってだ。最初に担当したのがうちの信者だったからいいようなもんで、もしそうじゃなかったら、幾ら私だってどうしようもなかったさ」
「始末っていったいなんだよ? どうせあんな状態で死んだも同然なんだから、ただ放っておけばいいじゃないか? それに……」
 京がそこまで言い掛けて、いきなり豊子の怒号が響き渡った。
「馬鹿なことをお言いでないよ! わたしが知らないとでも思ってるのかい!? あの子はね、メモを持ってたんだよ。ここの住所や、あんたの名前を書いたメモをだよ。あんたを訪ねてきたんだろう? だったら、そのくらいわかりそうなもんじゃないか。考えてもご覧よ! もしそんなのが警察の手に渡ればだ、どこからどう穿り返されるか分かったもんじゃないんだよ!」
 若者がどこの誰で、どうして海で溺れたのか? 意識不明であればそんな捜査の先にあるのは、彼は誰と会っていたかであり、そんな相手との関係は? ということになるのは目に見えていた。  
 20年前、派出所の警官から連絡を受けた豊子は、教団の力を最大限に駆使して、ありとあらゆることを画策した。身元の分かりそうなものはバッグごと処理させ、行方不明者名簿と照合されないよう県警本部長にまで手を回す。結果、完全なる身元不明者のまま、身一つで教団配下にある総合病院へ入院させたのだ。更に豊子は、人知れず瞬の病室にまで出向いて、念押しとなる作業を完結させる。
「わたしの持てる力すべて使って、あの子の意識を完全に封じ込めたのさ……。今だってずっと、頭の片隅であの子の頭ん中と繋がっているんだよ。なのにおかしなもんだね。わたしはあんたが、わざとそうしたと思っていたよ。だけどそれは違ったようだね。そうかい、最近まで知らなかったのかい。それじゃああの子は、自分の力だけで肉体から抜け出て、おまえの記憶の中に入り込んだんだね。へえ、そうなんだ……あんなんでも一応、血が繋がってるってことなんだろうねえ〜」
「ちょっと待ってくれ! 俺の記憶に入り込んだって? それって、あいつがここにいたってことか?」
 京が大きく目を見開いて、人差し指を己の側頭部に突き立てた。
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