第5章  探求 - マンションに再び(2)

文字数 1,010文字

                マンションに再び(2)


「ちょっと! なんでそんなことしてるの!?」
 思わず出てしまった声と共に、指先からほんの少しだけ力が抜けた。あっと思った時にはその手は空を掴んでいる。
「いたっ!」
 足の裏に衝撃があって、あっという間に尻餅を搗いた。尻から脳天へ激痛が走り、目頭がカッと熱くなる。そんな様子を、瞬が門の上から見ていたのだ。どうして? なんでそんなことしているの? 未来は痛みに耐えながらそんな表情を瞬へと向ける。すると彼は申し訳なさそうに言って返した。
「だって、通り抜ける自信がなかったんだよ……ゴメン……」
 そんな瞬の返しに、未来はさすがに怒る気にはなれない。
 きっと入る時の悪戦苦闘が蘇り、未来の後からこっそり脚立を上ったのだ。そしてその後彼は、不思議なくらい自然に地面への着地を見せる。ただし着地した瞬間音は響かず、髪の毛1本揺れ動かない。未来はこの時、ここに瞬は実在しない――そんな事実を改めて、心の底から痛感していた。
 ただとにかく工場跡から抜け出せて、その足で例のマンションの住所に向かった。そして想像を遥かに越えた高級さに、未来はすぐ真正面からぶつかっていこうと心に決める。
「変にこそこそしている方が怪しまれるし、やっぱり瞬、正々堂々行くしかないよね」
 そう言って、マンションの管理人室を真っ先に探した。そして呆気なく見つかったのは、まるでホテルのフロントのような面構え。顔を出した男性も、管理人という言葉は似つかわしくなく、まさにホテルのコンシェルジュという印象だ。未来は突然の来訪について詫び、自分には、行方不明になった弟がいるんだと説明する。
「つい最近、このマンションから出てくるのを見た人がいるんです……」
 だから一軒一軒尋ねて回りたい――学生時代の瞬の写真を見せながら、未来はそう言って頭を下げた。すると渋々ではあったが、幾つかの注意点を守るならばと許してくれる。未来は心から感謝の言葉を並べて、早足に瞬の待つエレベーターホールに向かった。そしてエレベーターに乗り込んで、迷うことなく最上階へと向かうのだ。
 夜景がね、見えたんだ……ちょっと驚くような、まるで東京タワーから眺めているみたいだったよ――未来の部屋から消え去った瞬は、確かにそんな光景を男の部屋で見たと言った。ここの上の方の階からなら、そんなふうにも見えるだろうと、未来は瞬と共に最上階に降り立った。
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