第6章 混沌 -  呪縛 

文字数 1,936文字

                  呪縛
  
 
 瞬の父、菊地淳一は元々九州熊本の生まれで、20歳を過ぎた頃には、庭師としてそこそこの腕前を誇っていた。二階堂豊子がそんな噂を聞き付け、高額の給金を提示し専属として彼を雇い入れる。彼が26歳の時に、教団はその名を〝勾玉教〟と改め、山陰地方の島根県へとやってきたのだ。その時、淳一も破格の条件に釣られて、出雲市に移り住むことを決めていた。
「その時、わたしが最初の2年間住んでいたのが、瞬の母親、康江の父親が持っていた貸家だったんですよ。康江はその頃まだ高校生になったばかりで、よく父親に言われて、わたしのところまで家賃を取りに来たものです……」
 淳一はそう言って、未来の顔から仏壇に置かれた康江の写真に視線を向けた。
 その前日、安来からやくもに乗り込んだ2人は、夜も更けた頃東京に到着する。さすがにそれから淳一の元に向かうのは憚れて、未来はその夜訪問の約束だけを取り付けた。明日、お伺いしてもいいですか? そんな未来の言葉に、淳一はただただ嬉しそうな反応を見せたのだ。そして次の日の午後、2人はドキドキしながら瞬の実家へとやってきた。
 久しぶりに会う淳一を前にして、未来は先ず突然の来訪をしっかり詫びた。そしてそんな挨拶が終わってすぐに、これまで何度話したかという話題から切り出したのだ。
 どうして瞬は、山陰地方の海岸などで発見されることになったのか? そんなことが、最近どうしても気になるんだと言ってから……、
「瞬はやっぱり、ちゃんとした理由があって、お母さんの実家のある島根に行ったんじゃないかと思うんです。そんなことはきっと、彼の生い立ちに関係していて、そんな何かを知る為に彼は島根に旅立った……」
 思い切ってそう続け、そこで淳一の反応を暫し窺う。未来の想像が大外れであれば、すぐにそれらしいリアクションがある筈だった。生い立ちに関係すること――そんなものに覚えがないなら、きっと間髪入れずに何かしら問い質してくるだろう。ところがそうはならないのだ。未来が言葉を切って淳一を見れば、その顔からは笑顔が消えて、ジッと考え込むような素振りになった。そんな黙ってしまった淳一へ、未来は頭にあった言葉をそのまま続ける。
「あの、すみません、実はわたし、勝手に調査会社に調べさせたんです。どうしても、瞬が島根に行った理由が知りたくて……そうしたら……」
 そこで一旦言葉を止めて、未来は再び淳一の様子を窺った。日御碕と二階堂京のことをどう言おうかと一瞬迷い、ふと口を止めた瞬間、淳一の顔に微かな変化を感じたのだ。その時淳一の心にも、後に続く言葉か何かが思い浮かんでいたのだろう。まるで観念したかのように、未来の声が途切れた途端ふーっと大きく息をついた。それから強ばっていた顔を一気に緩め、淳一は自ら過去の話を語り始める。そしてそんな昔話には、すぐに二階堂という名が登場するのだ。
「それって、二階堂京さんですよね……お父さんが雇われていた二階堂家の、確か1人息子だった……」
 二階堂家の人間――そう言った淳一の言葉に、未来はすぐに割って入ってそう告げる。その瞬間、すべてを打ち明ける覚悟が固まったに違いない。それまでの、様子を窺いながらといった話口調から、
「あなたがそこまで知っているということは、もしかしたら瞬だって何か気付いていたのかもしれないね……勿論、何から何までってわけじゃあるまいが……」
 そう呟くように言った後、まるで昔を懐かしむように、そして更に饒舌へと変わった。 
 遥か大昔のことではあったが、瞬の母康江には、やはり二階堂家と深い関係があったのだ。
 高校二年生の夏、康江は京と歩いているところを知り合いに見られ、それはすぐに家族の知れるところとなる。早速父親が問い質してみれば、康江は京と付き合っていると言い切った。
「しかし実際は、京にはその頃他にたくさん女がいてね、どちらかと言えば、康江が一方的に熱を上げていたって感じだったんですよ……」
 そして地元で有名になりつつあった勾玉教には、とにかく色々な噂が絶えなかった。
 神懸かり的な導きをするという噂もあるにはあったが、多くはその逆で、催眠術を掛けて金を搾り取るだの、魔術によって、人の神経を破壊するなどといったものが多かった。しかし現実は信者が着実に増えて、衰えるどころか日に日にその勢いを増していく。そして主催者である豊子の1人息子にも、とかく不穏な噂が纏わり付いて絶えることがなかった。高校一年で学校を中退。その後は母親の宗教団体に出入りして、19歳になっても定職に就かずプラプラしている。街のチンピラとのトラブルには事欠かず、何と言っても女遊びは凄まじかった。
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