第5章  現実 –  再会(5)

文字数 1,356文字

                  再会(5)


 一瞬、何が起きたのか解らない。
 視界がパッと真っ暗になって、何!? と思った途端、目の前が赤いギンガムチェックだらけになる。そしてあっという間に、未来の前にあの後ろ姿が現れ出た。
 それは、見れば見るほど瞬の姿に違いなく、尚且つ瞬である筈がないものだった。
 とにかく懸命にその後を追うが、それは平気で壁を通り抜け、見知らぬ家の中へも入っていくのだ。正面にブロック塀があろうと、瞬に見える何かはとにかくまっすぐ進んでいった。
 ところがずっとそうなのかと思えば、時折思い出したように道に沿って曲ったりもする。
 別の風景を見ているのか、実際にある景色は完全に無視して、その姿はしょっちゅう障害物の中へと消えた。だから未来はその度に、姿を現すだろう辺りに先回りしなければない。
 こうなれば間違いなく、それはもう人間ではなかった。それでは恐ろしい幽霊なのかといえば、そうである訳がないのだ。姿形は若い頃の瞬そのもので、それでも、彼は今この時も病院のベッドで眠っている筈だ。
 ――いったい、どこまで行くのよ!?
 一向に立ち止まる気配がないことに苛立ちながら、未来はひたすら彼らしき姿を追い続ける。そうして再び出会ってから20分くらいが経った頃、未来は見たこともない場所で1人立ち尽くすのだ。
 街灯からの明かりで見え届く限り、そこはまるで廃墟のように見えた。元は工場か何かだったのだろう。鉄格子の門の両側にコンクリートの塀があって、それが左右見渡す限り伸びている。その塀の上にも錆び付いたバラ線がびっしり張り巡らされていて、ここが長い間放り置かれているのは、誰が見ようと疑いようのないものだった。更に鎖で繋がれた鉄製の門には、〝立ち入り厳禁〟〝危険〟などという看板が無造作に括り付けられている。
 ――こんなところがあったなんて……ぜんぜん知らなかった……。
 それも病院から、徒歩で行けるくらいの距離にだった。そしてそんな場所にわざわざ、彼は何をしに入っていったのか? 悠然と門をすり抜けていく様を、未来はついさっき見送っていたばかりだった。
 ――どうしよう……?
 ただ何にせよ、今の未来にはただ待っているしかない。そう思いながらも鉄格子に鼻先を押し付けたり、両手でガタガタと揺らしたりしてみる。そして未来はとうとう瞬の名を呼び始めるのだ。
「瞬……そこにいるんでしょ?」 
 瞬と呼んでいいものなのか知らぬまま……、
「ねえ瞬、出てきてよ、そこにいるんだよね……?」
 絞り出すような声で門の向こう側に問い掛ける。
 しかしやはり返事などなく、未来の声はただ悲しげに……闇夜の向こうへ消えていった。
 ――瞬、お願い!
 もう声にはならず、そんな願いだけが身体中を駆け巡る。
 今にも言葉にならない声を上げてしまいそうだった。
 ところが次の瞬間、嗚咽の波が一気に消え失せ、頭の天辺が燃えるように熱くなった。
「やあ、待っててくれたの?」
 ――何? 誰?
「ちょうど良かった、俺も今終わったところなんだよ」
 ――嘘、だ……?
 そんなこと、ある筈ない。未来は瞬時にそう思う。
 それでもそれはまさしく聞き覚えのある声だった。
 頭の中で続けざまに声が響いて、未来は首から上だけを、ゆっくり後ろに向けていった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み