第1章  日常 - 死の予言

文字数 1,609文字

                   死の予言


 あれは、未来がランドセルを買って貰った頃だったから、きっと秋から冬に移り変わるくらいのことだ。不思議な程今でも、未来はその朝あった出来事を覚えていた。
 当時マイクロバスで幼稚園に通っていて、コースも小池誠一くんと一緒だった。
 一方菊地瞬という男の子は、きっと家がもっと近かったのだろう、毎朝決まって、優しそうな母親に手を引かれて幼稚園までやってくる。そしてその日、マイクロバスが園内に到着し、未来が1番後の座席で立ち上がった時だった。
「誠ちゃんが死んじゃう! 誠ちゃんが死んじゃうよお!!」
 そんな声が、表からバスの中まで伝わり響いた。
 バスの窓から表を見ると、菊地瞬くんが仁王立ちしていて、バスから降り立ったばかりの先生に何やら大声で訴えている。そのすぐ傍には当の本人、小池誠一くんもいて、今にも泣き出しそうな顔をしているのだ。
 死んでしまう――これがいったい何を意味するのか? 
 幼稚園に入る年頃になれば、普通その大凡は理解できている。だから時には軽々しく、「おまえなんか死んじゃえばいいんだ!」なんて口にする場合だってあった。
 しかしそれでも、心から死んで欲しいなどと願っているわけではなく、グーで一発叩きたい! くらいの感じなのだ。ところがその時彼は、本気で誠一くんの死を恐れ戦いていた。
「助けて! お願いだから誠ちゃんを助けてよおおお!」
 先生が何を言ってなだめても、彼はそう言い張るのを止めようとしない。
 やがて誠一くんの身体に縋り付き、わんわん声を出して泣き出してしまうのだ。
 そうなると誠一くんだって堪らない。訳も分からず溜め込んだ恐怖を、彼はそこで一気に放出させる。
「何だよ! 僕は死なないよお! 死んじゃわないよおお!」
 そんな彼の叫びを聞いて、先生の顔付きが瞬時に変わった。困り顔がスッと消えて、一気に真剣な眼差しに切り替わる。きっとそこで初めて、これが普通の出来事――日々起こる園児同士の諍い程度――ではないと悟ったのだろう。未来がバスから降り立つと、瞬くんは教室とは別の方向に連れ行かれるところだった。
 その後彼を見たのは、結構な時間が経ってからのような気がする。眠そうな目を擦りながら教室に現れ、少なくともお昼の時間は一緒だったのを未来はどうにか覚えていた。
 そうして、今朝方の大騒ぎなんてなかったという雰囲気の中、未来は更に瞬くんのある行動を目にしてしまう。彼は誠一くんのことを忘れたわけではなかった。彼は彼なりに、思い付く最善の策を実行に移そうとしていたのだった。
 初めは、彼が手にしているものが何か分からない。
 昼食後の園庭でのことだ。
 ふと気付けば瞬くんが、赤い何かを抱えて花壇の方へ走っていく。そんな彼の姿を目にしても、未来は気にも留めなかった。
 ところが帰り支度を終え、いざ園庭に出ようという時のこと。
「僕の靴がない! 」
 誠一くんが突然、下駄箱の前でそう声を上げたのだ。
 未来は瞬時に、誠一くんが履いていた靴の色を思い出す。それは買ったばかりの赤い運動靴で、男の子なのに赤なんだ――なんて思ったのを覚えていた。それからすぐ、さっき見た瞬くんの姿が思い浮かんだ。慌てて園庭に出ると、彼は同じ歩き組――母親に迎えにきて貰うグループ――の友達と、そこら中を駆け回って遊んでいる。
 ――靴を隠したのは、瞬くんなんだ!
 そんな確信と一緒に、でもどうして? という疑問を一方で感じる。
 しかしどうしようかと思う間もなく、未来は先生に呼ばれてしまうのだ。
 仕方なくマイクロバスに乗り込むと、上履きを履いたままの誠一くんもすぐに乗り込んでくる。涙の跡はあったが、既に何もなかったように彼は笑顔を見せていた。そしてバスが走り出そうとする直前、未来は再び瞬くんの姿を目にすることになる。
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