第3章 異次元の時 -  葬式 

文字数 1,435文字

                    葬式

 

 いったい、どのくらいの距離をきたのか? 角を曲ってふと前を見ると、ゆうちゃんの姿は消えていて、その代わりに見覚えのある光景が目に飛び込んでくる。
 ――ここって、あの日きた道だ……間違いない。
 そんな確信をすぐに持てたのも、道の先にある電信柱と、今にも朽ち果ててしまいそうな外階段のお陰だった。
 ゆうちゃんはあの晩、自ら錆び付いた外階段を上がっていって、アパートの中へと消えていた。アパートの2階に、ゆうちゃんの住んでいた部屋がある。瞬はそんなことを今一度思って、ふと、ほんの少しの違和感を覚えた。はじめは昼間だからかと思う。暗かった印象が頭に残っていて、同じものでも違った感じに見えてしまう。ところがそうではないのだ。間違いなく何かが違う。瞬はそう感じるまま辺りを見回し、その違和感の出所を探そうとした。すると何とも呆気なく、幾つかの違和感の元を知ることができた。   
 ――あの晩もこんなに、道幅があったんだろうか? 
 そんな疑念どころか、あの晩はジメジメと泥濘んでいた道に、細かな砂利が道幅一杯に敷き詰められている。更にそれだけじゃなかった。あの日、月明かりに照らされたこの辺りは空き地だらけで、所々に平屋の家が建っているだけだったのに、
 ――そんなのも、すべて俺の勘違いだったのか?
 そう思うしかなかった。彼の立っている道の両側には、新築の一戸建てがびっしりと建ち並んでいる。何かがおかしい。こんなふうに感じてしまうのは、きっとあの少女に関係しているに違いない。瞬はそんな思いを確かめる為、迷うことなくアパートの外階段を上がっていった。足を踏み込む度に、階段全体がギシギシと鳴った。錆びてボロボロの手すりを掴めば、掌まで茶色くなってしまいそうだ。そんな階段を一歩一歩進んで、彼は2階の部屋に続く扉の前に立つ。きっとここにまだ、彼女が天へといけない何かがある。ゆうちゃんの住んでいた部屋にさえ入れれば、そんなものが自ら姿を現すのだろうと、瞬はこれまでの経験から、1ミリの疑念も持たずに扉を開けた。すると薄暗い廊下の左側に、予想通り2つの扉が並んでいる。奥の方の扉は開いたままで、そこからぼうっと薄明かりが漏れていた。瞬はそれだけで、そこが少女の部屋だと知る。すべてが瞬を招き入れようとしていて、彼は迷うことなくその薄明かりに向かって進んでいった。
 もしかすると、〝おじさん〟とやらが顔を出すかも知れない。そうなったら、いったい何を話せばいいのか? そんなことを考えながらも、本来なら覗くことさえ憚れる他人の部屋へ、彼は躊躇することなく足を踏み入れる。するとすぐ三畳程の台所と、右奥にある畳の部屋が覗き見えた。扉の奥には玄関らしき小さな空間があって、瞬はそこに立っただけで、カビくさい湿った空気に息をするのも辛くなる。まさしく今ここに、そこら中の湿気という湿気が呼び寄せられている感じだった。ポケットからハンカチを取り出し、口元に充てて更に奥へと進んでいく。
 ――ここには、もう誰もいない。
 どんなに鈍感な人間であろうと、この部屋には数分だって留まれない。台所に立った途端、そのくらいの悪臭が湿気と共に纏わり付いた。胃袋に溜まったアルコールを取り出して、胃液と一緒に部屋中にバラまく。そしてその後すぐに、線香やらお香やらを懸命に焚いた。そんな想像すらしてしまう強烈な臭いが、身体中の皮膚からジワジワと入り込む気さえする。
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