第4章 見知らぬ世界 – 谷瀬香織(2)
文字数 1,090文字
谷瀬香織(2)
「ゆうちゃん!」
一言そう叫んで、横たわる娘の傍にしゃがみ込む。頭が一瞬真っ白になって、不思議なくらい冷静に1つの疑問が浮かび上がった。
いったい何をどうすれば、こんな姿になるのだろう? 一瞬だけ、そんなことを思うのだ。しかし何をどう考えようが、やはりあいつしか……いなかった。
「どうしたのよ! いったいこの子に、何をしたの!!」
ぐったりする娘を抱きかかえ、奥の部屋へとそう叫んだ。一気に目頭が熱くなって、言い様のない怒りが悲しみとは無縁の涙を放出させる。香織の視線の先に男がいた。背中を丸め、薄汚れたジーンズから尻を半分見せて寝転んでいる。その周りに酒瓶が転がって、明らかに酔い潰れているのが見て取れた。
「ちょっと! 起きなさいよ! いったいこれはどういうこと!!」
再びのその声に、男は小さく身体を震わせ、ほんの少しの伸びを見せる。それからゆっくり顔だけを香織に向けて、
「なんだよ……」
眩しそうに目を瞬かせ、小さくそう呟いた。
「なんだよじゃないでしょ!? この子にいったい何をしたのよ!」
「イライラすんだよ……」
男はポツリとそう言った後、上半身をゆっくり起こし、香織をギッと睨み付ける。
「そいつ見てっとさ、イライラすんだよ! ママはいつ帰ってくるってうるさいしよ……だいたいそんなこと、俺だって聞いてねえっての!」
そこで大きく息を吸い、
「だけど……死んじゃいないだろう? 今朝はまだ、息してたぜ……」
と、息を吐きながらボソッと言って、ほんの少しだけ笑ってみせた。
死んじゃいない――こんな言葉によって、香織は今この時、何を優先すべきなのかを思い知る。待たせていたタクシーまで優美を運び、驚いた目を向ける運転手に病院の名前を声高に叫んだ。ところが運転手は呆気に取られ、優美の姿を見つめたまま動かない。
「お願いです! 娘が死にそうなんです!」
続いたそんな声に、運転手はやっと我に返ったようだった。前を向くなりアクセルを踏み込み、車はエンジン音を響かせ走り出す。
病院への道は比較的空いていて、10分程で目的地に到着。運転手が無線で急患搬送を連絡したお陰で、タクシー会社が更に病院にも連絡してくれた。到着と共に数人の看護師が走り寄り、優美の小さな身体がストレッチャーへと乗せられる。そしてあっという間に、急患入口から長い廊下の向こうへ消えた。
そしてそれから30分後、香織は再びタクシーへと乗り込む。
――待っててね……ママも、もうすぐそっちに行くからね。
そんな思いを胸に、彼女は再びマンションへと向かうのだった。
「ゆうちゃん!」
一言そう叫んで、横たわる娘の傍にしゃがみ込む。頭が一瞬真っ白になって、不思議なくらい冷静に1つの疑問が浮かび上がった。
いったい何をどうすれば、こんな姿になるのだろう? 一瞬だけ、そんなことを思うのだ。しかし何をどう考えようが、やはりあいつしか……いなかった。
「どうしたのよ! いったいこの子に、何をしたの!!」
ぐったりする娘を抱きかかえ、奥の部屋へとそう叫んだ。一気に目頭が熱くなって、言い様のない怒りが悲しみとは無縁の涙を放出させる。香織の視線の先に男がいた。背中を丸め、薄汚れたジーンズから尻を半分見せて寝転んでいる。その周りに酒瓶が転がって、明らかに酔い潰れているのが見て取れた。
「ちょっと! 起きなさいよ! いったいこれはどういうこと!!」
再びのその声に、男は小さく身体を震わせ、ほんの少しの伸びを見せる。それからゆっくり顔だけを香織に向けて、
「なんだよ……」
眩しそうに目を瞬かせ、小さくそう呟いた。
「なんだよじゃないでしょ!? この子にいったい何をしたのよ!」
「イライラすんだよ……」
男はポツリとそう言った後、上半身をゆっくり起こし、香織をギッと睨み付ける。
「そいつ見てっとさ、イライラすんだよ! ママはいつ帰ってくるってうるさいしよ……だいたいそんなこと、俺だって聞いてねえっての!」
そこで大きく息を吸い、
「だけど……死んじゃいないだろう? 今朝はまだ、息してたぜ……」
と、息を吐きながらボソッと言って、ほんの少しだけ笑ってみせた。
死んじゃいない――こんな言葉によって、香織は今この時、何を優先すべきなのかを思い知る。待たせていたタクシーまで優美を運び、驚いた目を向ける運転手に病院の名前を声高に叫んだ。ところが運転手は呆気に取られ、優美の姿を見つめたまま動かない。
「お願いです! 娘が死にそうなんです!」
続いたそんな声に、運転手はやっと我に返ったようだった。前を向くなりアクセルを踏み込み、車はエンジン音を響かせ走り出す。
病院への道は比較的空いていて、10分程で目的地に到着。運転手が無線で急患搬送を連絡したお陰で、タクシー会社が更に病院にも連絡してくれた。到着と共に数人の看護師が走り寄り、優美の小さな身体がストレッチャーへと乗せられる。そしてあっという間に、急患入口から長い廊下の向こうへ消えた。
そしてそれから30分後、香織は再びタクシーへと乗り込む。
――待っててね……ママも、もうすぐそっちに行くからね。
そんな思いを胸に、彼女は再びマンションへと向かうのだった。